朝食を済ませ、リーシャが宮殿に着いた頃、何やら宮殿内が騒がしかった。
いつもは宮殿の各所を警備している衛兵が僅かな人数と守衛の姿しか見えず、侍女があわただしく廊下を走り回っていた。
横を走っていく彼らの横顔は皆わずかに強張っており、緊張が伺える。
彼らが向かう先には余程身分の高い者がいるのだろう。
ロードメロイか、国賓級の来客か、または帝国師団の師団長のお出迎えか。
いずれにせよ帝国お抱えの魔女であるリーシャも行かないわけにはいかなかった。
中央棟の長い廊下を走り、一階に下りると見事な大理石が施されたエントランスに見知った人物がいた。
こちらに背中を見せるその人物はボロ雑巾のようにところどころほつれの見えるローブを纏い、自分の背丈よりも高い杖を持っている。
「オリバーさん!」
階段を駆け下りながらリーシャは吹き抜けのエントランスいっぱいに響く声で叫んだ。
振り向いたその人物はドルネイ帝国軍の元帥であり魔術師のオリバーだ。
魔術師とは術式を介して魔法を発動させる者たちの総称をいう。
魔術師としての才能においてオリバーの右に出る者はおらず、ありとあらゆる複雑な術式を使いこなす。
齢はすでに七十を超すが、未だオリバーを超える魔術師は現れず、ドルネイ帝国軍元帥の名をほしいままにしている。
オリバーは階段を駆け下りる足音に気付き、リーシャの姿を視界に入れると、懐かしそうに目を細めて微笑んだ。

