雪美は咲の返答がないので、咲の顔に視線をずらしてみる。

いつも話すときはなるべく目をあわさないように、顔をじっと見ないようにしているのだが、今は表情を見てみたかった。


雪美の顔をにっこりと笑って見つめている。


(!!!!!な、なんで?なんで何も言ってくれないの?
こんなさわやかでちょっとかわいい笑顔なんて反則じゃないの。)


結局、家にたどりつくまで咲の発言はぜんぜんなかったが、玄関のドアを雪美が開ける瞬間、

「俺が守るから大丈夫。」


そうつぶやいた咲はそそくさとあがって結衣子にただいまを言って部屋へと行ってしまった。


「あ・・・。」


玄関に座り込んでしまった雪美に母の結衣子は

「若いくせに何をへたってるのよ。
それにしても咲くんといっしょに帰宅なんてめずらしいわね。」


「たまたま・・・ね。」


「へぇ。・・・あっ・・・あんたが小さい頃によく遊んでもらった裏に住んでたてるくん覚えてる?」


「てるくんって・・・?」


「前の前に住んでたボロ家の裏から塀をのぼってうちに忍び込んだりしてた男の子よ。
あ~10才も上だから今は立派な成人男性だけどね。

手紙がきて、少し前に歓迎会で飲み屋に行ってたお父さんと会って住所をきいたんですって。
それでね、なんと雪美の学校の先生としてやってくるからって・・・近いうちに我が家にも挨拶にきてくれるって。」


「てるくんって言われても・・・私そんなに記憶がないなぁ。
幼稚園行く前くらいなんて。
おうちの穴から押し込んだおにいちゃんかな。」


「そうそう、それよ。あんたが穴を抜けるのをトンネルトンネルってよろこんで通してもらってたわ。」


「それはなんとなく・・・記憶あるんだけど・・・どんなおにいちゃんだったかなんてぜんぜん覚えてないよ。
しかも、もう大人でしょう。初対面とさほどかわんないじゃない。」


「そうねぇ。ママの記憶も小学生のときのてるくんしか思い出せないわ。
明日はお休みだから来週には学校で会えるわよ。

ママも楽しみだわ~」


「あれ、来週って・・・?」


「学期最初の懇談よ。・・・・あれ、そういえば咲くんの懇談きいてなかったわ。
3年生の懇談って重要なのに・・・。
きいてこなくっちゃ。」


結衣子は咲の部屋へと走りだしていってしまった。

「咲の懇談もママが出るんだ・・・。あれ?でもそんなことしたら・・・。
あっ、いっしょに住んでるのがバレちゃうじゃない!!」