「はい?」


相手がフェリックスと知っていたので、無愛想な返事をした。


「重体だ」


綺樹は意味が取れなくて、間抜けのようにしばらく黙っていた。

段々と何を意味しているのかがわかると、目の光が増して表情が硬くなっていく。


「腸チフスだ」


綺樹はひゅっと息を吸った。

「なんでっ。
 予防注射は?」

「知るか」


フェリックスは不機嫌そうに答えた。


「どこ?」


フェリックスはインドの一都市にある病院名を上げた。

電話を握りしめたまま、綺樹は秘書の名前を怒鳴った。


「ジェット用意して。
 空港に着いたらすぐ離陸できるように管制塔に要求を出して」

「なにごとでしょうか」


綺樹はグレースの顔をしばらく見つめた。


「仕事じゃ、ないんだ」


シートの背もたれによりかかった。


「仕事じゃない」


ジェットはさやかのものだ。

そしてこれは私用だ。

さやかの好まない涼がらみ。

だけど、だ。

綺樹は凛と顔を上げた。

阻止はさせない。