*

暁子の元に行くのではと思っていた。

じゃないかもしれない。

綺樹は空に向かって煙を吐いた。

音の粒が部屋から流れてくる。

バッハは右手も左手もメロディーじゃないと思う。

音の粒の並びだ。

一つずつ独立した1音。

それなのに曲になっている。

私たちもずうっと、一人を保って・・。

でも曲にはならなかった。

だからこのまま何でもなくできるだろう。

涼と暁子が語り合っている様子を見て。

もっといえば、涼の様子を見て。

あんな風に見てもらえることは無かったし、無さそうだ。

時々寝るだけの相手でいてほしいみたいだしな。

口元で笑って、グラスを揺らした。

とても、疲れてしまった。

長く、長く。

綺樹は煙草とグラスをもったままで顔を覆った。

ベッドで一人でも、同じ屋根の下にいる以上、自分に泣くことを許さなかった。

長く、長く。

それは、出会った時から。

一人で空回りをしていた。

これで、おしまい。