「間違ったことをしたと、悔やんでいるのですか?」



首を振った。

何度も何度も考えた。

先輩に、思いを果たさせてあげたほうが、よかったのか。

私がしたことは、余計だったのか。


でも何度だって、同じ答えにたどり着いた。

先輩に、誰かを傷つけてほしくない。


どんな理由があっても。



「じゃあ、何を泣いてらっしゃるの」



こんな寒い中に、マスールを長居させちゃいけない。

そう思うのに、優しい手を離すことができない。

私、と子供みたいにすすりあげた。



「…会いたいんです」

「その方に? お会いなさいな」

「いいんでしょうか、そんなの、許されますか。だって私、その人に迷惑ばかりかけて、望まないことばかりさせて、最後まで」



…後悔させて。


マスールが目を丸くするほどの勢いで、その手をわしづかんで、訴えた。


会いたいんです、マスール。

でもそれは、今度こそ先輩の望みと、真逆かもしれない。

なのに、会うことなんて、許されますか。


会いたいと思うことなんて、許されますか――…?





初めて見た時は、まさかと必死で予感を打ち消した。

そこまで珍しい苗字じゃない。

Bで始まる名前だって、いくつもある。


けど署名から目をそらせなかったのは、その文章を読んだからだった。