母からの着信を無視した。

ゆうべは兄からも着信があり、迷ったけど出なかった。


私は逃げてる。








「真衣…」



子、と呼びかけて語尾をのみこんだ。

ひとりかと思ったら、違うみたいだ。


学部の本館を入ってすぐの掲示板の前で、ぼんやり立っているように見えたのだけど。

よく見ると、隣に人がいた。

槇田先輩だ。


ひとりだと思ったのは、真衣子が、彼女に話しかける先輩を無視していたからだと気づく。

真剣な顔で何か訴える先輩に、頑なに答えない。

やがて先輩はあきらめて、真衣子を置いてこちらに来た。

私に気づくと一瞬気まずそうな顔をして、けど、久しぶりだね、とすれ違いざまに微笑んでくれる。


先輩が校舎内に入ったのを見計らって真衣子に声をかけると、はっとしたようにこちらを振り返った。

何かあったの、と訊くと、憮然とした表情で答える。



「なんであの人があたしを選ばないのか、わかんない」

「いいね、そういう強気」

「だって、一緒にいて感じるでしょ、向こうもこっちを好きだなってことくらい」



そ、そうだね、と迫力に押されてうなずく。

勢いで賛同はしたものの、自分とB先輩に置き換えてみた時、感じるとは言いがたい。

大事にしてもらってるな、相手にしてもらえてるな、くらいは、最近さすがに思うけど…。



「聞いてみても、彼女つくる気はないの一点張りで、ほんとイラつく。どうしろってのよ」

「どうしてつくる気ないのか、教えてくれた?」



仏頂面の真衣子が首を振る。

きりりとした美人の真衣子が、悲しげにすねた子供みたいに見えて、槇田先輩を恨めしく思った。

真衣子にこんな顔させないでください、先輩。

真衣子を好きなら、ちゃんと話してあげてください、何もかも。