「みずほのお母さんって、案外自由だね」

「相手をつくるなとは言わないけど、もう少しタイミングとか、あるんじゃないのって思っちゃうよなあ」

「私たぶん、小さい頃その人に会ってるの。父の学友で、母もお客様好きだし、しょっちゅう家に招いては、おもてなししてたの」

「…なんか、邪推しはじめたらとまらないね」

「加治くんはほんと、今ここに欲しいコメントを吐くね」



感心したようにつぶやく真衣子に、褒められてる気がしねーよと加治くんがぼやく。

伯母の話から、母の相手は見当がついていた。

どちらかというと寡黙な父とは違い、母の世間話にも愛想よくつきあう、社交的で華やかなおじさまだ。

兄は知ってるんだろうか、このことを。

いずれ電話してみよう、と考えると、ひとりでにため息が出た。



「じゃ、残りの時間、頑張ってね」

「そうだ、これ」



別れ際に加治くんが、バッグから何かをとり出した。

私のドリンクボトルだ。

綺麗に洗ってある。


申し訳なさと同時に、恥ずかしさが襲った。

加治くんがこれを持っていてくれた間、私は何をしてた?


無性に自分がみっともなく思えて、お礼を言って逃げるように店内に戻ると、ガラス越しにふたりが手を振ってくれる。

何も指摘されなかったことに、ほっとした。

先輩を知ったことで、どこか自分が、以前の自分じゃなくなったような気がしていたから。

もしかしてそれが外見にも出てるんじゃと心配になるくらいだったから。

実はそんなに変わってないのかな。

だといいんだけど、と思いながら、今度加治くんにお礼をしようと、ドリンクボトルを控え室のバッグに入れた。








「あー、ちょうどよかった」



ノックしてから、そろりとドアを開けると、先輩が台所のほうから顔を出す。

お邪魔しますと断ってそちらに向かうと、先輩は大きめのお鍋にお湯を沸かしているところだった。



「何把ゆでようかと思ってたところだったんだ」

「今ごろお昼ですか?」



流し台に置かれたひやむぎの束を見て驚いた。

もう3時ですよ。