「あれ?」

 おそらくは悲鳴の出どころであろう―――三階にある一年D組の教室。

そこには生徒はおろか、蟲一匹だっていやしなかった。

しかしたしかに、この辺りの教室からあの悲鳴は響いた。

「隣のクラスですかね」

「いや、この教室からや」

言うや、吉郎は唇をきゅうと引き結び、ブレザーのポケットから件の呪符を取り出す。どうやらこの呪符は、作業着にも制服にも常備されているらしい。

吉郎の目尻は釣り上がり、獰猛な獣のようである。

「先輩、ここ、なにかいたみたいですよ」

あたかも目に見えぬ何かの気配を捉えたとばかりに、花子が身構える。

続いて吉郎も、きりりとした眼光を教室に放ちながらうなづく。

唯一、晴也だけがこれといった生物の気配を感受できていない。

 やはり陰陽師だとか法師だとかの後継者は、こういうものに対しての感受性が強いのだろうか。平凡な一般市民の晴也は、疎外感を覚えずにはいられない。

 吉郎がおもむろに教室へと入る。

「せ、先輩。何かいますか?」

 晴也がそう訊いてきたからなのか、吉郎は肩を下す。

「お前は、あんまりわからんやろうな。どっちかというと、見えん方がええんやけど……」

「怖くないですよ、僕は」

 強がる晴也に一瞥をくれて、仕方なさそうに吉郎が、忍者のような手つき―――専門用語で、すなわち刀印(とういん)を組む。

「欲妖視時呪」

 今日とはまた違って意味を解せぬ言葉……呪(しゅ)を唱え、吉郎は刀印を床の木目に当てた。

 すると。

「え」

 晴也の背に氷水の雫が如き汗が流れた。

 瞬く間に、鈍色の霧らしきものに包まれた教室の風景が、視界に飛び込んできたのでる。