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 入学式とは本当にすがすがしく気持ちの良い響きがするが、残念ながら黒田(くろだ)晴也(はるや)は花粉症のため、
幾度も鼻をすすりながら、気分悪く全校生徒の前に立つことになった。

 晴也は新入生の代表としてマイクに口を近づける。

昨夜数時間とかけて暗記した、挨拶の台本の内容を思い起こしながら。

しかしいざ喋ってみると、生徒はみな犬も食わぬ様子で、晴也の挨拶に耳を傾けていない。

(よかった……)

 晴也は内心でほっと息をつく。

集中して見られている方が、むしろ緊張で脳の回転が遅くなる。

誰も聞いていないと思えば、それだけ固くならずに話せるというものだ。

 話し終えると、やっと終わったよ、とばかりに力尽きた拍手が送られる。

無理もない、と同感する。

こういった式典には必ずや、気怠さというものがついてくる。

晴也は大いに脱力して、台から降りたところにある物置で鼻をかんだ。

 以上が、一週間ほど前の話である。



  






 新入生代表ということは、当然ながら晴也は学年首席である。

 実を言ってしまうと、もっと偏差値の高い高校を狙えたはずだった。

しかしあえてそれを蹴り、学校でも優位に立てるようにと思って、偏差値も人数も並の高校を選んだのだ。

そして晴也は、県立松陰(しょういん)高校にトップで入学した。

 もちろん放課後は、

「演劇部どうですかー」

「バスケ部、みにきてくださーい」

「放送部、部員募集してまーす」

 どこの部も、部員集めに必死である。

 女子も男子も、常に部活見学のおりはつるんで行動する。

俗にいう、つれしょん、とかいうものの類だろうか。

そんな中で晴也は独り、ぽつんと校内を彷徨っている。
 
 何も晴也は暗い性格というわけでもないし、孤立しやすい性質であるわけでもない。

ただ偶然にも、この高校には同じ出身校の者が一人もいなかった。

し、入学したことからすでに友達だ出来ていたものばかりだった。

ゆえに、枠に入れない。

 唯一、よく話すし気が合っていた細川は、バレーの推薦で入学したので、当然ながらバレー部へ直行した。

だから晴也は独りである。

(どうしようかなあ)

 眼鏡の中心を指で押さえ、解決策を見出そうと試みる。

学習面ではこれといって問題はない。

ないにしても、やはり四六時中ひとりぼっちというのは、嫌でも暗い印象を思わせがちだ。