ロンドンの街を、彼女は走る。


初めて来たロンドンだが、バッキンガム宮殿も国会議事堂もゆっくり見ている余裕はない。


手軽なレストランがあまりないこのエリアは、深夜になると観光客の姿もほとんど見かけなくなる。


彼女はとにかく川沿いに走り、ある寺院の入り口に立った。


白いゴシック様式の大きな寺院。


かの有名な、ウエストミンスター寺院だ。


しかし彼女は、そんなことは知らなかったし、どうでも良かった。


ただ、追っ手から隠れられる場所を探していたのだから。


当然、開放時間は過ぎているので、門は硬く閉ざされ、警備員がうろうろしている。


しかし……


(ただの人間なんか、怖くないわ)


彼女は物陰に隠れ、息を整える。


そして……。


その茶色の目が見開かれた途端、彼女の目前に薄い水色に光る魔方陣が現れた。


彼女はその魔方陣に体当たりする。


すると次の瞬間には、彼女は寺院の中にいた。


「アホほど豪華ね」


はっきりした位置はわからないが、礼拝堂か何かだろう。


昼間なら光が差し込み、さぞ美しいだろうと思われるステンドグラスに、天井の繊細な彫刻。


何より、高貴な死者の魂が安らかに眠っているのを感じる。