「…さ、3年2組…河野晴っ!」





ビクッと反応した背中があたしを振り向く。

晴だけじゃなくって、教室中の人が振り向く。





「この教科書が道端に落ちていたので届けにきました!河野晴先輩はいませんか?」





教科書の裏に“3-2河野晴”と書いている名前を教室の方に向ける。




“河野晴”という人なんてあたしは知りません。という演技。

たまたま落ちてた本を拾ってあげて届けに来たってだけっていう演技。




晴は演技するあたしを立ち止まったまま、びっくりした顔で見てる。





「…あたしから、晴くんに渡しておこうか?」





美月先輩がそう言って手を差し出してきた。



同時に、校舎内に予鈴が鳴り響く。





「…ありがとうございます。お願いします」





ここで断るのもおかしいから、そう言って晴の教科書を美月先輩に渡した。


そのまま、先輩2人に小さく礼をして、小走りで自分の教室に向かう。



晴の方は見れなかった。






晴に知らんぷりされた。

他人のふりされた。



唇をぐっと噛み締めて、浮かんできそうになる涙をこらえる。



前の学校じゃ、変わり者のあたしをいないものとして知らんぷりされるのなんてよくあった。



だから慣れてるはず。

慣れてるけど……。



晴にそんな風にされるのは、今まで感じてきた感情の何倍も痛かった。