「実家に…うちの実家に千彩を連れて行って、親に紹介します。それで部屋を借りる手筈も整えてもらいますんで」
「それは…つまりその…」

晴人の覚悟を悟った吉村が、グッと言葉を詰まらせる。急に真面目な顔つきで話し始めた二人を、千彩は首を傾げながら不思議そうに見つめていた。


「はい。結婚を前提とした恋人として、千彩を紹介するつもりです」


結婚は千彩が二十歳になってから。と付け足し、漸く言い切った…と一息つく。晴人のその言葉に素早く反応したのは、ぼんやり二人の様子を眺めていた千彩だ。

「結婚をぜんてー?なにそれ?」

そう言って首を傾げる千彩の唇に人差し指を押し当て、「ちょっとだけ話させてな?」と言葉を遮った。今は出発間際で時間が無いのだ。

「こいつの方が途中で嫌になってしまうかもしれません。これから成長して、いい人見つけて離れて行くかもしれません。でも僕は、そのつもりで二月に迎えに行きます。いいですか?」
「ええも何も…ハルさんはそれでええんですか?」
「ええ。勿論です」
「俺が言うのも何やけど…こいつは親もおらんし、学校にもちゃんと行ってないし、何より…ガキですよ?親御さんは大丈夫なんですか?」
「うちの親は少し堅いので、まぁ…色々言われるかもしれません」
「ほんならやめといた方がええんとちゃいますか?ハルさんみたいな人やったら、他にええ相手ぎょうさんおるでしょ」
「僕は千彩がいいんです。責任取るとか何とか、そんな御托を並べるつもりは無いです。正味まだ手出ししてないんで、責任とかそんなんは…あれなんですけど」

その言葉に、驚いた吉村が目を瞠る。男としては、少し驚くかもしれない。現に自分の二人友人も散々驚きの言葉を並べていた。

「佐野に…言われたんです。惚れてるんやろ?って」
「あぁ…言うてはりましたね」
「自分で言い出したことなんですけど、実感が無かったて言うか何て言うか…よくわからんかったんです。正直な話」
「まぁ、そりゃそうでしょうなぁ」
「でも…やっぱり僕は、千彩を手放したくない。だから、ちゃんとそうゆう形で付き合っていきたいんです」

苦々しい表情をして黙り込む吉村に、「お願いします」と深々と頭を下げる。

こんな場所で言うべきことではないのは重々承知している。けれど、どうしても今言っておかなければならない気がした。

「認めて…もらえませんか?」

顔を上げると、吉村はまだグッと眉根を寄せていて。それに不安になりながらも、晴人は黙って言葉を待った。
そして、少し間を置いてから、吉村はニカッと笑った。

「娘を…よろしくお願いします」
「吉村さん…」
「ハルさんには、なんぼ感謝しても足りません。ホンマに…ありがとうございます。大事にしたってください」

ギュッと手を握られ、それに応えるようにそれを握り返す。男同士の堅い約束が、晴人の揺らぐ想いをピタリと止めた。

「ねー、まだー?」

黙って手を握る二人の手をツンツンと突きながら、千彩が唇を尖らせる。退屈だ!と、表情が十二分に訴えていた。

「ごめん、ごめん。もうええよ」
「ねー、なんの話やったん?」
「ん?俺とお前がこれからずっと一緒に居れるように、お兄様と約束したんや」
「お兄様と?じゃあちさも!」

ギュッと吉村の手を取り、千彩は満面の笑みでブンブンと上下にそれを振った。


「おにーさま、約束ね?ちさずっとはると一緒におるから!」


それにコクコクと頷く吉村の目には、涙が浮かんでいる。娘を持つとこんな思いをしなければならないのか…と、晴人は遠い未来を思い描いた。

「ほな…行こか」
「うん。はる、またね?」
「おぉ。お兄様の言うことよぉ聞くんやで?」
「うん!」

千彩の笑顔が、グッと胸を締め付ける。
溜まらず抱き寄せ、一度ギュッと唇を噛んで今在る全ての想いを一言に込めた。


「大好きや、千彩。俺と出逢ってくれてありがとう」


こうして二人の生活は、一度穏やかに幕を閉じることとなった。