「おい、百合。何してんだよ」
顔を上げれば、怒ったような翼先輩。
“百合”
あたしの大好きなあの低い声で。
発せられた名前が胸に突き刺さる。
あたしは“お前”としか呼ばれない。
“百合”って呼ぶのはやっぱり特別。
「翼に…会いに来たの」
頬をピンクに染めるの櫻庭さん。
あたしは下を向いた。
「おい、お前-…」
「あたし!」
あたしに何か言おうとした翼先輩の声を遮ってしまった。
「あたし、帰りますね」
精一杯に笑って、涙がこぼれないように上を向いた。
見られたくなかった。
知られたくなかった。
こんな汚い感情。
翼先輩が心配してくれたのはわかってた。
あたしに“付きまとうな”なんて言わないこともわかってた。
だけど逃げた。
そんなあたしが弱虫なことも、わかってた。



