32回、好きって言うよ。




「おい、百合。何してんだよ」




顔を上げれば、怒ったような翼先輩。



“百合”


あたしの大好きなあの低い声で。



発せられた名前が胸に突き刺さる。



あたしは“お前”としか呼ばれない。


“百合”って呼ぶのはやっぱり特別。




「翼に…会いに来たの」



頬をピンクに染めるの櫻庭さん。


あたしは下を向いた。



「おい、お前-…」

「あたし!」



あたしに何か言おうとした翼先輩の声を遮ってしまった。





「あたし、帰りますね」


精一杯に笑って、涙がこぼれないように上を向いた。




見られたくなかった。
知られたくなかった。


こんな汚い感情。



翼先輩が心配してくれたのはわかってた。


あたしに“付きまとうな”なんて言わないこともわかってた。




だけど逃げた。


そんなあたしが弱虫なことも、わかってた。