白狐のアリア

 湖上で、ひとりの若い女が踊っていた。

 長い髪に遠目にもわかる美しい顔つき。月明かりに照らされたその姿は幻想的で、今にも空に飛び立ちそうなほどに軽やかだ。


「……」


 だが、白火はただ見惚れるだけではなかった。
 否、見惚れてすらいなかった。


「行くぞ」

「あ、はっ」


 惚けていた牛鬼に短く声をかけると、警戒は怠らないまま歩き出した。

 天女はこちらに気づいているであろうに、躍るのをやめない。

 ついに湖の淵までくる。

 水面に僅かな波紋を残しながらくるくると回っては美しく飛び、背を反らすと弧を描くようなゆるいカーブで腕を曲げる。

 白く薄い衣に半透明の布を腕にゆるくかけて躍る様は、
 まるで白鳥のようだと思った。

 ようやく話す気になったのか、天女が足をとめた。


「やっと来てくれた。白火」


 囁くようにつぶやかれた名に、やはり自分を呼んでいたのは目の前の天女なのだと、確信した。