白狐のアリア


「美味いだろう」


 口に含んだだけだとやはり土の味がしたが、恐る恐るそれに歯を立てると、途端に口内に爽やかな風味が広がった。仄かに甘い。


「ミントみたいな味。ちょっと、辛いですね」

「慣れれば何てこともない」


 白く細い薄荷の根を口にくわえる青年は、いつもより上機嫌にみえた。といっても、“いつも”と言える程長い知り合いではないが、なんとなくそう思ったのだ。
 獣人にとっての煙草、のようなものだろうか。


「あの、名前くらい教えてもらえませんか」

「小娘、俺はもうあんたに借りは返した。お前の要求を聞く必要性がない」

「そんな。じゃあなんて呼べばいいんです?」

「『お前』でも『あんた』でも、『おい』でも『ねえ』とでも、好きに呼べ。
 大体俺は明日(あす)にはあんたと別れるんだ。名を教える義理など無いだろう?
 俺があんたを名で呼ばないのも同じだ」


 びっくりした。が、確かにその通りだとも思った。

 助けられたから、助けた。恩を返せば、あとは完全な赤の他人同士。干渉しない代わりに、干渉されるのも許さない。

 この青年が言うことは筋が通っている。