「で、携帯まだ手元に戻って来てないんだ」

喫茶店で君島はカフェオレを飲みながら奈緒の話を聞いていた。

「そうなんです。研究室に忘れたのは間違いないと思うんですけどね」

お盆を胸に抱きながら奈緒がそう言うと、君島は不敵な笑みを浮かべて、

「また電話してみよっか?阿久津先生に」

といたずらっぽく言う。

「え……」

奈緒が顔を引きつらせていると、

「でも、僕の番号、着信拒否されてるかも」

と笑えない冗談を言いながら、すでに携帯を取り出して電話をかけていた。

「ちょっ……」

心配そうに眺める奈緒をよそに、君島は携帯を耳に当てている。

しばらく二人の間に緊張した空気が流れたが、君島はなにも話さず電話を切った。

「出ないや」

君島はジャケットのポケットに携帯をしまう。

阿久津が電話に出なかったことに、ほんの少し、落胆している自分に気づいた。