金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜


「土居くん」


「……はい」


「こんなこと言われるのは心外かもしれないけど……

僕は、いつもきみが羨ましかった。なんのごまかしも駆け引きもせずに、真っ直ぐ千秋に向かっていけるきみが羨ましかった」



土居くんは一瞬だけ面食らったような顔をして、でもすぐに苦笑して先生に尋ねた



「恩ちゃん……それ嫌味?」


「いいえ、素直な気持ちです。
きみは僕にないものをたくさん持ってる。誰より公平な目、正義感、そして優しさ……男の僕が嫉妬しちゃうくらい、きみはいい男です。

だから……頼みましたよ、あの約束」


「……はいはい。別に無理しておだてなくたって、三枝に手はださねーよ」


「ありがとう……」



土居くんに向かって、優しく微笑んだ先生。


こんどはその足が、こちらに向かってきて私の真正面で止まる。


ドキン……と心臓が音を立てる。


切なさと愛しさと……

今まで過ごした時間の記憶。

その時々の感情が蘇って……

複雑に絡み合った想いがこみ上げてくる。


最後にその姿を焼き付けておきたいと目を見開いても……

涙が視界を滲ませて、先生の顔がぼんやりとしか見えない。



「……今日、千秋になんて言葉をかけようか、ずっと悩んでいました。千秋には、僕を忘れないでほしいけど、だからってそればかり考えていても千秋が前に進めない。

できるだけ寂しがらせないよう、別れるにどうしたらいいのかなって悩んで……」



そして、これに決めました。



―――先生はそう言って、私を強く抱きすくめると、耳元で囁いた。