金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜



「――絶対に前から見ちゃダメです」


「ええ?さっき散々見たのにですか?」


「それとこれとはわけが違うんです!」



四角くて広いヒノキの湯船で、私は先生に背を向けて口を尖らせていた。

だって、まだ身体に力が入らなくて放心状態の私を、お姫様抱っこしてお風呂場まで無理やり連れてくるんだもん。


先生が身体を洗ってくれようとしているのに気付いて我に返り、「自分でやります!」と叫んだのが数分前……


微妙な距離を隔てて浸かるお風呂は、身体を重ねるのとはまた違った恥ずかしさがあって、くすぐったいような気がして落ち着かない。



「ちーあーき、こっち向いて」


「…………」


「……そこまで無視されると悲しいものがありますね。じゃあ、背中を向けたままでいいのでこっちに来てください」


「……こっちじゃわかりません。先生がどこに居るのか、見えないので」


「本当に強情だな。……じゃあ僕が行きます」



ちゃぷ、と水面が音を立て、先生が近づいてくるのがわかった。



「ダメ!それなら私、もう上がります――――!!」



慌てて立ち上がろうとしたけれど、時すでに遅し……



「――――捕まえた」



お腹にしっかりと回された腕によって、私は湯船の中に戻されてしまった。