「あの件はエレナ様に免じてのことです。これからも我々の期待を裏切らないようにしていただきたいものです」
「もちろんです。グリッド侯爵の期待は裏切りません」
パァっと表情を明るくしたウィルが嬉しそうな声を上げ応える。
当の本人のエレナは何が何のことやら分かっておらず、俺に助けを求める視線を寄越す。
この様子では自分がノース地区の貴族の説得に一役、否、国王と宰相でも動かせなかった貴族に心変わりをさせたことなど気づいてもいないだろう。
「ではまた契約の際に」
「僕たちも今から戻ります」
部屋を出ていくグリッドに続こうとしたウィルをグリッドが制す。
「下にいる侍女に聞きました。エスト王国の王子の婚儀に招かれているとか…。陛下には国家の恥とならぬようそちらの方を優先させていただきたいですな」
何故だろうか、グリッドの口から"陛下"と言われても全く敬意を表されてる気がしない。
むしろそう呼ぶことで俺へのプレッシャーをかけているようにも聞こえた。
「けれど…」
「心配せずともあの件をなかったことになどしませんよ。他国との国交を深めるのも国王としての責務ではありませんか?」
ウィルの懸念を察したグリッドは否定し、そう言った。
「その言葉に甘えよう。エレナの体調が戻り次第、エストに向かう」
グリッドは俺の答えに満足したのか、フッと笑みを浮かべ、踵を返した。

