正直に言うと、怖い。
東先輩ですら起こすと不機嫌になるって聞いた後だし……しかも彼は壁をぶっ壊したことがあるって過去話まで聞いているもんだから、出来れば不機嫌にはさせたくないところ。
……というか、東先輩ですら手に負えないくらい不機嫌な状態って、一体どうなるんだろうか……?
想像も出来ない。
「でも、奏多くん、その……あたしが起こして先輩が不機嫌になったら……?」
「和歌、みんな一度は通る道」
にこっ
その笑みに、初めて恐怖を抱いたような気がする……。
そしていざ、あたしはピコハンを握り締めて、心くんの後ろに構える。
鞄は心くんの隣、いつもあたしの座る所に置いてあり、両手でピコハンを持っている。
ただ、やっぱり人を……というか心くんを殴る恐怖というか、殴った後の恐怖がやはりあるわけで……。
どうにかして殴る前に気付いてくれないものか?と思考を巡らせる。
頬をツンツン
頭をなでなで
耳たぶを引っ張るも手を振り払われる。
それは無意識ですか?
本当に無意識なんですか??
東先輩はいつものように本を読み始めているし、奏多くんは既にキッチンに立っている。
二人とも手助けはしてくれないようだ。
このままだと先に奏多くんのごはんが出来てしまう。
「早く気付いてくれないと、ピコピコハンマー使うことになっちゃいますよー」
そう耳元に向かって語りかけるも、やはり反応は見られない。
「いい加減あたしの存在にも気付いてくれないと、もっとイタズラしますよ、……心くん」
ぴくっと
少しの反応を感じると共に、周りの空気も固まったのを感じた。
視線を東先輩に移すと、その目は見開いてこちらを見ている。
キッチンからはカシャン、と何かが落ちる音が響いて来たし、心くんはゆっくりとこちらに振り向いた。
そしてあたしはようやく気付く。
東先輩たちの前で彼の名前を、心くんと呼んだのが、初めてのことだった、と。



