たった一つのお願い



“多重癌”
――複数の癌が同一の患者に発生することを指す。
春陽は肝臓に発生しているだけなので多発癌という。さらに別の器官に発生したら、複合癌になる。


春陽は多重癌の肝臓癌、らしい。


肝臓癌は別に不治の病ではない。切除すれば、助かる。だが春陽の場合それが出来ない。


初期発見ではないからだ。
気づいた時にはもう、手遅れの時期だったらしい。



春陽の性格だ。
父子家庭で仕事に忙しい父親に身体の異変を感じても言わなかったのだろう。


春陽はめったに人に弱さを言わない。


俺に寂しいも苦しいも何も言わない。
言う暇がないと言っても同じ病院内に居るのだから、手段はいくらでもあるはずだ。


例えば祐司に伝言を頼むとか、宮ちゃんにお願いするとか。


……会うのを禁じられて初めて気づいたが、俺は浮かれすぎていて携帯番号を交換する事を忘れていた。


本当に俺は何をやっているんだろうか。大の大人が情けない。彼女の連絡先を聞き忘れるだなんて聞いて呆れる。