いつもの席に着くと、私と僅差で教室へ入ってきたあの男子もやはりいつもの席へ着いた。

鬱陶しそうな顔をして振り返ると、私と真逆に男子は満面の笑顔で此方を見ていた。

「坂崎さん、最近楽しそうだね。」

そう指摘され、私は慌てて自分の顔を両手で触る。

頬は全然緩んでいなかった。

私がムッとしているのが分かったのか、男子はまた嬉しそうに手を叩いて笑う。



「東京…」

私が小声で呟くと、男子は「ん?」と身を乗り出して来た。

「私、東京の大学行くから。」

私の言葉に、男子は一瞬キョトンとした。

それから、大きく溜息をついて机に突っ伏した。

「この間は偉そうなこと言ったけどさ……、

遠いね。」

私も小さく頷く。

生まれ育った名古屋を離れるなんて、自分でもあまり考えられなかった。

両親に言った時も、「途中で簡単に帰って来られるような場所じゃない」と反対を受けた程だ。

観光では行ったことがあるけれど、人の多さに圧倒されてほとんどの時間を喫茶店で過ごしたことをよく覚えている。

「手紙とか書いていい?」

男子に言われ、私は「面倒い」とだけ答えた。

「え、じゃあメール!メールなら良いだろ、メアド教えて。」

教えた後ですぐにメアド変更しておこう…そう思いながら私は彼のノートの隅にアルファベットを並べた。

mihoから始まる、中学の時から大切に使っているアドレスだ。



男子からルーズリーフに書かれたアドレスを受け取り、ケータイに保存する。

している間に気付き、慌てて振り返った。

「君、名前なんて言うの?」

私の言葉に男子は「え?」と聞き返してきた。

お互いに目を見開いたまましばらく馬鹿みたいに見つめ合っていた。

やがて男子は再び机に突っ伏した。

「俺、名前すら認知されてなかったのかあああ!」

「うん、ごめん。まったく興味なかった。」

教えてもらった川原という苗字をケータイに入れた。

「これからは名前で呼ぶように心がける。」

私がそう言うと、男子はまだ拗ねた表情のままだったけれど、少しだけ笑った。