下の階へと降りて行くと、美穂ちゃんのご両親は深刻そうな顔で彼女のことについて話しているところだった。

私に気付くと慌てて話をやめて、無理な笑顔を見せてくる。

「どうだった?

変なクスリとかお酒とか、置いてなかった?」

そんな心配をしていたのか……私は溜息を飲み込みながら、首を横へと振った。

「彼氏のところへ行くのは、理由ではなかったみたいです。」

私の言葉に、ご両親は顔を見合わせた。



「美穂ちゃんって、前に声優の養成所に通っていましたよね。」

私が言うと、彼らは今思い出したかのように驚いた顔をして、「あぁ…」と頷いた。

中学の頃だ。

「月謝があまりにも高すぎて払えなくなって…。すぐに辞めさせちゃったんだけどね。」

美穂ちゃんのお母さんは困ったように笑った。

それまで声優のCDや雑誌を買っていた美穂ちゃんは、自分の夢が叶わないと悟った途端、「虚しいだけだから」と言って全部捨ててしまった。

彼女が悪い方向に進み始めたのは、その頃からだった。



「美穂ちゃん、このためにバイトしていたみたい。」

私が東京で有名な専門学校のパンフレットを差し出すと、美穂ちゃんのご両親は恐る恐るパンフレットを受け取ってくれた。

そして、私と同じように学費のページへ辿り着いた。

「夢を叶えるために、1人ででも頑張ろうとしていたんじゃないですか、多分。」

これから1人で歩き出さないといけないから。

誰も協力してくれないから。

不安で私の元へ通っていたのだろう。

1人で東京で暮らせる自信がなくて、だから私のためにキリスト教学科のある大学をわざわざ探してくれたのだ。



ご両親に挨拶をして、私は家を出る。

きっと、美穂ちゃんは東京へ行かせてもらえるのだろう…。

そう思った。

彼女の机の上から勝手に貰ってきたパンフレットが、鞄の中で嬉しそうに揺れる。

「頑張ろっかな。」

N大よりも偏差値の高い大学たちに苦笑しつつも、私はペダルを大きく漕ぎ出した。



世界はきっと良い方向に回り始める。