しばらくして、真夜中に美穂ちゃんから電話がかかってきた。

眠たくなくて本を読んでいたために、ワンコールで取ることができた。

私がもしもし、と言わずにいると、向こうは躊躇ったように切り出して来た。

「坂崎、一緒に東京行かない?」

と。

私は読んでいた本を閉じて、ケータイを持ち直す。

答え方が分からずに、馬鹿みたいに聞き返してしまった。

「1人暮らし、不安なんだよ……」

東京には彼氏がいるんじゃなかったっけ?

私は首を傾げながらも、そのことは言わないでおいた。

「私、大学進学したいんだ。

できることなら、こっちのN大。」

本当は良いよと言いたかったけれど、数分で決めて良いようなことでもなかった。

親に言ったらどう考えても反対される。

私の両親は一般家庭よりもずっと厳格だから。

「だよなー、そうだよなー。」

電話の向こうの美穂ちゃんは、また泣いていた。

私が返事に迷っていると、彼女はプツリと通話を切ってしまった。



慌ててかけ直したが、「運転中です」とテクノボイスが聞こえてくるだけ。

美穂ちゃんは電話に出てくれなかった。



通り魔殺人のニュースを聞きながら、朝食を口へと運んだ。

私だって人くらい殺したいさ……。

小さく溜息をついて、私は食器を流しへと持って行く。

必要以上に洗剤をスポンジに乗せて、流しを泡だらけにしながら洗い物をした。

憂鬱な気分が晴れないままだったけれど、それでも予備校へは行くことにした。



男子は相変わらず私の後ろの席へと座る。

そして、ちょっかいをかけてくる。

適当にあしらおうとも思ったけれど、ふと思いついて私は振り返った。

「ねぇ、君さ。

私が東京の大学へ行ったら、君も東京まで来てくれる?」

男子は少しだけ驚いたような顔をして、それから首を横へ振った。

「だよねー、そうだよねー。」

昨日の美穂ちゃんみたいに私は相槌を振って、すぐに椅子へと座り直した。

いつものように昨日の分のルーズリーフを整理する。

している途中で、背後から声が聞こえた。

「好きだからって、ずっと一緒にいるのはおかしいと思うし。」

こいつにしてはまともな意見だ……。

私は振り向かずに小さく頷いた。

「離れていても、気持ちは簡単には変わらないだろうし。」

それは人次第だけれど…とも思った。

案外この人になら言ってもいいような気がした。

さすがに家庭の事情のことまで話すのは嫌だったから、結局は黙っておいたけれど。