「私じゃ、駄目なの?」

日付が変わった。

美穂ちゃんは電源を切ってしまっているけれど、私のケータイには彼女の両親からずっと電話がかかってきている。

着信拒否にしようとも思ったけれど、ご両親の気持ちが分からないわけでもないのでやめておく。

美穂ちゃんは私の顔をちらりと見て、それから鼻で笑った。

「弱虫泣き虫のあんたと?

無理、冗談でしょ。」

私は美穂ちゃんの肩から手を離す。

分かっていた答えだったのに、やけに傷付いた。

「親戚じゃなかったら、あんたなんかと付き合ってないって。」

美穂ちゃんは鼻をすすりながらそう言うと、床に転がっていたクッションを力一杯抱き締めた。

「守って欲しいし、大好きって言って欲しいし、寂しい時は抱き締めて欲しいし……。

あんた冷たいし、そういうの無理じゃん。」

否定はできなかった。

確かに私は今まで美穂ちゃんにずっと冷たく接してきていた気がする。

出会い系に登録してネット彼氏の話を延々とする彼女のことを、心の何処かで軽蔑さえしていたかもしれない。

でも、好きだった。

親戚だし、女の子だし、色々抱えているけれど、それでもずっと好きだった。

「私いなくなっても、あんたは困らないでしょ。

友達色々いるみたいだし、すぐ忘れてよ。」

美穂ちゃんは鞄の中に荷物を詰めて、玄関へと歩いて行く。

「今日は家帰る。

あいつらが警察に電話する前に戻らないと…。」

そう言う声がまだ震えていて、私まで悲しい気持ちになった。



美穂ちゃんが出て行った後の我が家はやけに静かだった。



朝、美穂ちゃんの香水の匂いに包まれて目が覚めた。

朝食を食べるという行程を減らし、着替えるとすぐ鞄を持って家を出る。

予備校の講義は朝早いうちから行われていた。

仮にも受験生だ。

高校へ通わなかった分真面目に勉強しなくてはいけない。

昨日のことが気になって少しだけ胸が重かったけれど、「今はそれよりも…」と自分に言い聞かせた。

後ろの席に座った男子から親しげに話しかけられて、私は愛想笑いを返す。

「坂崎さん、今日香水の匂い違くね?」

他の男子からも声をかけられ、私は再び曖昧な笑顔を作った。

「あ、もしかして彼氏?

これ、ユニセックスの香水?」

冷やかし半分の彼らに「バーカ」と返して、私はルーズリーフを整理する。

美穂ちゃんは本当に家へ帰ったのだろうか。

彼女のご両親からの電話が途切れたということは、帰ったのだろう。

そう納得して私は講義に集中することにした。