「…菓耶…綺麗だ…」

結婚する娘に対して言う台詞を浴衣を着て今から出掛ける娘に言う父さんにわたしは苦笑を漏らした。

「ただ浴衣着ただけで大袈裟だよ。……じゃあ、行って来るね」

父さんの頬に軽く口付け先程入って来た場処から表に出る。中の階段を使ってもいいのだが、それだとお客さん(常連)に絡まれるのが目に見えるので外から出て行く。

「よし、行こう」

友達とは夏祭り会場の神社で待ち合わせしている。遅刻した方にはペナルティがあるから絶対に遅刻は出来ないのだ。

「…ふふ、……ありがとう父さん…♪」

(綺麗だ、か…)

淡いピンク地に色とりどりの花が描かれた浴衣は、近くの呉服屋で安売りしていたものだ。襟と袖の部分にフリルがあしらわれていて、袂の見えない部分に赤い糸で「home」と記されたそれは母さんとわたしが一目惚れして買った、夏祭り用の浴衣。

(そう言えば、呉服屋の店長さん。元気かなぁ…)

何処か気怠そうな物腰で浴衣を選ぶのに時間を掛けてくれた女性のことを思い出し少し苦笑する。

そうしてる合間にも、神社の鳥居は段々近付いて来た。

「…あれ、まだいない…?」

鳥居の前まで来るとまだ友達が来ていないことを確認する。…確か、遅刻した方にペナルティがある約束だから…

「もしかして、わたしの勝ち…?!」



「…あっれぇ、思ったより早かったね?」



勝利が確定して内心喜ぶわたしの背後から、不意に声が響く。その聞き覚えのある声に振り向くと

「あーぁ、今回は私の負けかー…。残念」

「へっ、姉貴なんか負けちまえばいいんだ!!」

ウルフヘアに花の髪留めをつけた少女と、少女そっくりだがラフな格好をした少年が並んでいた。

「…仕方ないなぁ、じゃあ菓耶と奈央に好きなものひとつ奢るよ」

少女は困ったように笑うと此方の手を握る。

「じゃあ、行こうか」

その屈託のない笑みは何時見ても眩しくて、

「……遅かったね、心配したよ」

「この馬鹿が悪いんだよ。……あーぁ菓耶だけならまだしもなんで馬鹿奈央なんかに…」

太陽のように快活に笑ったかと思うと今度は不機嫌な顔になる。表情の変化が激しい彼女をわたしは友達よりも大切に思っていた。

「まぁいーじゃねぇか。折角の祭だし、楽しんでこーぜ?」

「お前が仕切るなーっ!!」

けたけたと笑う少年を追い掛ける少女を見て、わたしは軽く溜め息を吐く。浴衣を着ているため走る気にもならず鳥居の近くにある大きな石に腰掛けた。