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とても気持ちの良い昼下がり、いつものように店の手伝いをしていたら

「今日はもう上がっていいわよ?…あとは私ひとりで大丈夫」

厨房の入口から顔を覗かせ告げる女性は此方に近付くと悪戯のように笑った。

「お疲れさま、いつもありがとね」

皿洗いをしていたわたしはバンダナとエプロンを外すとタイムカードを切るために更衣室へと向かう。すると何故か女性もあとを付いて来た。

「…もう、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。母さんってば心配性なんだから…」

「だって、かわいい娘ですもの。気を付けて行って来るのよ」

はい、そう言って少しばかりのお小遣いをくれる姿は何時見てもこそばゆくて、恥ずかしくて…


「…母さん、ありがとう」


思わず口を突いて出た言葉に、母さんは目を丸くする。しかしすぐに悪戯のような笑顔になった。

「普段はお礼なんか言わないのに、変な子ね…」

行ってらっしゃい、そう告げるとフロアに戻る母さん。その背中を見送り厨房にある裏口から表へと抜ける。

今日は地域の夏祭りがあり、友達と出掛ける約束をしているのだ。

「急いで着付けしないと…!」

店の2階に繋がる階段を上がり自室へと移動する。母さんの営む食堂は地域の住民達から愛されていた。



−−コンコンコン−−



浴衣に着替えようと上着を脱いでいる時、不意に扉をノックされた。

「…菓耶、いるかい?」

「ちょ、ちょっと待ってっ!!」

慌てて上着を着直し扉を開ける。すると袴に身を包んだ男性が此方を見詰めていた。

「どうだ菓耶、父さんも和服似合うだろう?」

「……」

得意気な顔で男性は言うと室内へ足を踏み入れる。あまりにも突然過ぎてわたしは反応が出来なかった。

「父さんも、今日は夏祭りに行くぞ!」

「……、…はぁぁぁっ!?」

思わず素頓狂な声を出してしまい、階下に響いたのではないかと不安になる。

「何もそんな顔しなくたっていいじゃないか。……大丈夫だ、菓耶と友達の邪魔はしないよ」

じゃあ何しに行くんだ、と聞きたい気持ちを抑えて父さんの方を向く。すると真剣な顔をした父さんがまじまじと此方を見詰めていた。

「な、何…?」

「…お金、あるか?」

硬い口調で言われたのは、そんな言葉。
父さんは心配そうにわたしを見ると、再び同じことを言った。

父さん自身収入が少ない中日々生活するだけでも大変なのに、わたしが出掛けるとなると決まって父さんはこの質問をする。それはきっと、父さんなりの不器用な愛情表現なのだと最近になって気付いた。

「菓耶…」

「もう、父さんも母さんも心配し過ぎ!……さっき母さんから貰ったし、毎月のお小遣いもちゃんと貯めてるから大丈夫!!」

安心させるように敢えて大きな声で言い、にこっと笑ってみせる。するとわたしの笑顔を見た父さんも少しだけ頬を緩ませた。

「それより!わたし今から着替えるんだから外に出ててよね!!」

名残惜しそうに此方を見る父さんを廊下に押し出し、わたしは上着を脱いだ。