車に揺られて暫く、目的地に着いたあたし達は鷲尾にお礼を告げた。
「…ありがとう。また機会があったらお願いするわ」
そう告げた時のあたしの顔は、きっと誰が見ても無表情だったでしょう。
…これから始まることを考えれば、此処から先は決して笑ってはいけない。
「……はい、またよろしくお願いしますね」
そのことを知ってか、鷲尾はぎこちない笑顔で言うと扉を閉め去って行った。
「…さぁ、行きましょうか」
少ない荷物を持ち奈央達が生活する屋敷へと向かう。
…奈央も花耶も、その屋敷の本当の役割を知らない。
この屋敷は「表向きは」昔遊郭だったということになっているが…『裏』では「古谷」や「遠藤」の歴史から抹消された者達が共に暮らす、「隔離所」のようなものだった。
あたしは、今日この日に花耶が売られてくるのを知っていた。
あたしには未来を見れる能力があって、花耶が売られてくることも、このあと起こることも全てわかっていた。
…あたしの生まれた古谷家は、《イア=フィレンツァート》、《アンネ=シャーロン》、《古谷 璃菜》という女性達の末裔で、その女性達は『背徳者』と呼ばれ忌み嫌われていた。
「…此処よ」
門扉の前に立ち、小さく息を吐く。
ゆっくりと扉を開くと、寂れた雰囲気の庭が広がった。
「…不気味でしょう。……さぁ、入って」
ふたりを促し門を閉める。ギィッと音を立て閉まる門に花耶は怯えたように肩を震わせた。
「初めて来たけど…怖いね。この屋敷」
軽く引き攣った笑みを浮かべる奈央を無視し、花耶の手を引く。
「文句があるならいいわよ。今夜は野宿して貰うから」
なるたけ冷ややかに告げると屋敷の入り口に立つ。
鍵を開けゆっくりと扉を開けると、途端重苦しい空気が此方に押し寄せた。
最後に此処が使われたのは、まだ『大罪人』が生きていて、……『背徳者』の孫が幼かった頃だということを、以前誰かに聞いたことがある。
見るからに古く、上がった瞬間底が抜けるのではないかと思う床に荷物を置き、辺りを見回す。
「…あ、杏さん…」
すると、隣から鈴を鳴らしたような、怯えたような声がした。
「…手、痛いです…。……もう少し、優しく握って…」
瞳に薄く涙を溜めながら言われ、漸く手を握っていたことを思い出す。
「っ、ご、ごめんなさい…」
慌てて手を離し、気まずくなり花耶を見詰める。
うっすらと涙の滲んだ瞳は、上目がちに此方を見ると少し照れたように笑った。
「だ、誰かに…こうして手を握って貰ったの、初めてです…」
傷だらけの手を隠し告げる姿はとてもいじらしかった。

