「………はい…?」

言われたことを理解するのに、10秒ほど掛かりました。

「まぁ、昔というか『if』世界さね。『if』世界のあんたは、あたしの店で遊女として働いていたんだ。…まぁ、遊女と言っても、少女達を集めた遊郭だったから夜の相手ではなかったけどね」

『if』、わたしの記憶が正しいなら「仮定」を意味する英単語です。

「…で、あんたの『if』の世界での名前は「鈴風 花耶(すずかぜかや)」。少女遊郭でいちばんの売れっ子で、誰よりも悲惨な人生だったのさ」

女性、杏子さんは言うとキセル(煙草じゃなかった…)をくゆらせゆっくりと鷹井さんを見詰めました。

「…で?「奈央」と「麗亜」は《ノア》のところに行ったのかい?」

「る……奈央は、自分が終わらせると、もう誰も不幸にさせないと、そう言っていました」

「……ばかだね…」

麗亜の記憶を戻したら、あいつの存在が消えるのに、さ。
杏子さんは何処か遠くを見詰めると、緩慢な動作でわたしを見ます。

少し一緒にいてわかったのですが、杏子さんと鷹井さん(あとルイさん)は知り合いで、杏子さんに限っては(『if』らしいですが)わたしのことを知っているようです。

「ま、あたしには関係ないけどね。……《古谷 璃菜》、否。《アンネ=シャーロン》のせいでこんな体になっちまったけど、別に恨んじゃないさ」

むしろ感謝してるね、コトッと煙管を置きゆっくりと此方へ歩み寄って来る杏子さん。

「ふん。杏に会ったんだね?その服は杏の店でしか扱ってないんだ」

杏さんの名前を出されて、わたしは軽く目を見開きました。

「…杏さん、ご存知なんですか…?」

確かに、彼女と杏子さんは似てる雰囲気がありますが…

「知ってるも何も…あいつはあたしだよ。《古谷 璃菜》、《アンネ=シャーロン》、《イア=フィレンツァート》達のせいで、あたしは自分の体……精神を分裂させることが出来るようになったのさ」

「…?……言ってる意味が、よくわからないんですけど…」

第一、先程から出てくる《古谷 璃菜》さんや《アンネ=シャーロン》が誰なのかも分かりません。

「《古谷 璃菜(フルヤリナ)》って言うのは、……嗚呼めんどくさい。ちょっと、黙ってないで何とか言ったらどうなのさ」

後半は鷹井さんに振ると、役目は終わりと言わんばかりに部屋を出て行ってしまう杏子さん。

残されたわたし達はただ重い沈黙を続けていました。

「…ごめん」

永遠に続くと思った沈黙は、鷹井さんの一言で終わりを告げました。その言葉に顔を上げると、沈痛な面持ちで此方を見詰める鷹井さんと目が合います。

「…ごめん、ごめんね麗菓ちゃん。ほんとは、全てが終わるまで黙っていようと、麗奈ちゃんにも君にも言わないでいようと思ったんだ」

沈痛な表情で、けれど決して吃ることのない口調で、鷹井さんは続けます。

「杏さんの家に僕等がいた時、疑問に思ったろう?麗奈ちゃんとルイさんをおいて散歩に誘ったことを疑問に思っただろう?」

すらすらと、水が流れるように話す鷹井さんに、わたしは段々不安を覚えて……




「ほんとは、グルだったんだ」




悪魔の一言が、胸を貫きました。




「ほんとは、みんな初対面なんかじゃない、みんな、演技をしていたんだよ」






「全部、麗奈………麗亜ちゃんと君を助けるための、嘘だったんだ。」



その言葉を聞くが早いか、唐突に睡魔に襲われわたしは眠ってしまいました。



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