「めぐ、最近付き合い悪いよねー、」

ゴールデンウィークもあけ、移動教室の最中に、ふとそんな言葉が聞こえてきた。

めぐちゃんは職員室に用があるらしく、たまたま一緒ではなかった。

「最近風野と一緒にいること多いよね。」
「だよねー。風野のこと散々悪口言ってたのにさー。」

その言葉に、私はハッとした。

クラスメートたちは私を追い抜いて、次々と移動していってしまう。

私は辺りを見渡した。

めぐちゃんも、野球部の人も、誰もいなかった。

どうしてか、今までに感じたことのなかった孤独を感じた。

――めぐちゃん、私の悪口言ってたんだ……。

クラスメートたちが笑いながら言っていた言葉を、心の中で繰り返してみた。

不思議と怒りはこみ上げてこなかった。

その代わり、ずっしりと胸が重くなった。




「風野さん、めぐ、屋上行こうぜ」

昼休みに浅井君が教室へ呼びに来た時、私はすぐに立ち上がることができなかった。

元気に返事をして教室を飛び出していくめぐちゃんを横目に見ながら、私はジッとしていた。

浅井君が私の名前をもう1回呼んだけれど、やがてめぐちゃんと2人で教室から立ち去ってしまった。。

前の席でメンズ雑誌を読んでいた男子が、ゆっくりと私を振り返った。

「なんか、呼ばれてなかった?」

そう言われ、私は「うん」と笑いながら頷いた。

「でもいいの……。」

平然とした声で言おうと思ったのに、元気はしぼんでしまって、やけに弱々しい声になってしまった。

男子は「フ――ン」と言い、また雑誌をめくり始めた。




放課後、教室を出ると梶君が待っていた。

「こいつ、部活休むって聞かなくてさー。」

木山君が笑いながら梶君の肩を掴んで引き寄せた。

私はうまく笑えないまま「そっか」と頷く。

あきらかにテンションの低い私に2人は困ったような表情を浮かべたが、やがて「帰ろっか」と言った。

2人は、何があったか聞いてこなかった。

互いに何度も目配せをしながら、結局は無言だった。

励まそうとしてくれているのが分かる分、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


ケータイが鳴ったのは、6時過ぎてからの時間だった。

番号を交換してから1度もかかってこなかった浅井君から。

ちょうど部活が終わる時間だと気付きながら、私は電話をとった。

「風野さん、今、家?」

スピーカーから聞こえる声は、いつも通りの明るいものだった。

「忙しくなかったら、いつもの駅に来てほしいんだけど。」

何の用だろうかと思いながら、私は返事をして電話を切った。




駅には浅井君が1人でいた。

私を見付けると、彼は片手をあげて笑った。

「昼休み教室行った時、なんか元気なかったから気になって。」

そう言いながら、浅井君は私の前にしゃがみこむ。

視線を合わせられて、私は一瞬だけ戸惑う。

「めぐと、なんかあった?」

浅井君の言葉に、私は思わず喉が鳴った。

このまま素直に頷いてもいいのだろうかと、少しだけ迷った。

頷いて、今日あったことを全部話してしまったら……。

きっと真っ直ぐな浅井君は私の気持ちを分かってくれる。

でもその代わり、めぐちゃんのことを悪く思うだろう。

「何もなかったよ。」

私はそう言った。

「本当に何もなかった?」

浅井君はもう1度たずねてきた。

私はもう1度頷いた。




翌朝。

教室の中で女子たちが何やら騒いでいた。

「入部して1ヶ月で転部なんて、めぐ何考えてるの!?」

背が高く髪の短い生徒たちが騒いでいるのを見て、女バスのメンバーだとすぐに分かった。

バスケ部員に囲まれているのはめぐちゃんで、彼女は困ったように唇をとがらせながら、笑っていた。

「野球部のマネージャーの方が楽しそうだなーって思って。」

めぐちゃんの言葉に振り返ったのは、私だけではなかった。

以前私に絡んできた女子たちも驚いたようにめぐちゃんへと近寄って行く。

「それって梶君たち目当てってこと!?
めぐちゃん、もっといい子だと思ってたのにサイテー!!」

女子たちがヒステリックな声をあげる。

めぐちゃんはそれでも表情をまったく崩さず、えへへーと笑っていた。

私は彼女たちの方を見ながら、胸が締め付けられた。

めぐちゃんは私のことなんてどうも思っていなかったのだと思うしかなかった。



その日の昼放課。

浅井君たちが教室へ呼びに来る前に、めぐちゃんが私の席へとやって来た。

私は想わず身構えたし、他の生徒たちもこちらを盗み見ていた。

「綾瀬ちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

めぐちゃんは笑顔のまま私に顔を近付ける。

いつものように、花の匂いがふわっとした。

けれど、めぐちゃんの笑顔はすぐに真顔へと変わった。

「昨日の放課後、駅で浅井君と2人でいい雰囲気だったじゃん。」

急に投げられた低い声に、私はゾッとした。

「何話してたの?私に言えないこと?」

めぐちゃんは、明らかにイラだっていた。
彼女に見られていたなんて、まったく気付かなかった。

「別に、普通に話しただけだよ。」

私がそう答えると、めぐちゃんは私から離れた。

「わざわざ私服で駅まで戻ってきてまで普通の会話?
何それ…。
綾瀬ちゃん、私に嘘ついてるでしょ。」

大きな声でそう言うと、めぐちゃんは私の机をバン、と叩いた。

クラスメートたちがまた一斉に振り返った。



私は、先程まで感じていた恐怖がイラだちに変わった。

私も立ち上がり、めぐちゃんを睨む。

「めぐちゃんだって私のこと陰で悪く言ってたんでしょ?
そんな子に何でわざわざ本当のこと言わなきゃいけないの?
どうせ浅井君と近付きたいからって私のこと利用しただけでしょ?」

そう怒鳴った。

教室がまたいつかのように静まりかえった。

ずっと雑誌に目を落としていた前の席の男子が、ゆっくりと私を見上げる。

「そういうの、ムリ!
私、もうめぐちゃんのこと友達だとは思えないから!
我慢したけど、そういうことばっかり言ってくるなら付き合いきれない!」

めぐちゃんは、一気に表情を崩した。

ハッキリと、彼女が傷付いたのが分かった。

――もう付き合いきれない。
――あんたのこと友達だとは思えない。

それは、私が中学時代に友人だと思っていたクラスメートたちから言われた言葉だった。

めぐちゃんも、あの時の私のように顔を歪めて、教室から出て行った。




その直後、木山君と梶君が教室へと入って来た。

ずっとことのなりゆきを見ていたらしく、梶君は気まずそうな表情を浮かべていた。

それに対して木山君は、いつものように涼しげだった。

「俺、風野さんが怒鳴るの見るの2回目。」

そう言って笑うと、木山君は私の席に腰を下ろした。

「……別に俺らが口出すことでもないかもしれないけど。
友達じゃないって言うの、ちょっとキツいんじゃねーの。」

梶君が私から目を逸らしながら言った。

――軽蔑された。

私は瞬間的にそう思ってしまった。

性格の悪い女、そう思われたに違いなかった。

「でもめぐも八つ当たりでしょ。あれ。」

木山君が私を気づかったのか、梶君をたしなめるように言う。


「昨日めぐ、入部してすぐに浅井に告白したんだよ。
それで割とあっさりフラれちゃったらしいよ。」

木山君は笑いながらそう言った。

「だから、浅井とその後に会った風野さんのこと疑っちゃったんじゃないの?
女の子って嫉妬深いから。」




グラウンドを囲む芝生の上に、めぐちゃんは膝を抱えて座っていた。

私が隣りに座っても、彼女は顔を上げない。

「綾瀬ちゃん、もう私のこと嫌いになっちゃったよね。」

めぐちゃんはボソッと言った。

その声は曇って震えていた。

私は答えず、自分もめぐちゃんと同じように膝を抱えてみた。

「こんなんだから浅井君からもフラれちゃうんだって、分かってるのに。
でもやっぱり自分のせいだって思いたくないし……。」

めぐちゃんはそう言って、顔を膝へと埋めた。

泣いているのだと一目で分かったけれど、かける言葉も見付からなかった。

「ずっと、私は綾瀬ちゃんのこと、自分と同じ人だと勘違いしてた。
全然違うのに……。」




何も言えない私の代わりに、頭上から「そうだね」という声がした。

その無神経な笑いを含んだ声に、私はパッと顔を上げた。

木山君は、だらしなく着崩した制服をなびかせながら、私たちを見下ろしていた。

「めぐと風野さんは全然違うよ。
風野さんはまっすぐで素直だけど、めぐはひねくれてるし。」

木山君は明るい声でそう言うと、私の横に腰を下ろした。

「どう頑張っても、風野さんにはなれないよ。」


私が何か言おうとする前に、走ってきた梶君が木山君の肩を掴んだ。

彼は立ったままめぐちゃんを見下ろして、肩で息をしながら言った。

「でも、ひねくれてて自分勝手なのがめぐなんだろ。」

めぐちゃんがパッと顔を上げる。

驚いたように目を見開く彼女を、梶君は初めて正面から見下ろした。

「自分らしくいた方がいい、絶対。
それで友達が減ったとしても、俺らは友達やめないし。」

梶君はそう言って、私に同意を求めてきた。

先ほどキツい言葉をかけてしまった分気まずくなりながらも、私はめぐちゃんに向かって笑いかけた。




「私、あの日めぐちゃんが声をかけてくれて、嬉しかったよ。」

そう素直に言うと、めぐちゃんは涙を溜めた目で私を見た。

「私も…ずっと綾瀬ちゃんと仲良くなりたかったから、友達になってくれて、受け入れてくれて、嬉しかった。」

めぐちゃんの言葉に、私も自然と緊張が和らいだ。

「悪口言ったりなんかして、ごめんなさい。」

めぐちゃんの言葉に、私は笑いながら「いいよ」と答えた。




「あーぁ、結局梶に持ってかれた。」

木山君はそうぼやきながら、ゆっくりと立ち上がる。

風が吹いて彼の前髪がなびき、隠れていた表情が露わになる。

それを見て、私は思わず声をあげた。

「君、もしかして……。」

私が顔面を失礼ながらに指さすと、彼は笑いながら前髪を耳にかけた。

どうして今まで気付かなかったのかと、唖然とする。

平均以上の身長、広い背中、爽やかな茶髪。

それは、木山君と同じものだけれど、だけど。



「前の席の、人?」

私の言葉に、彼は笑いをかみ殺しながら頷いた。