お昼までまだ1時間あるから、その間は自由時間となった。

浅井君と井上君とめぐちゃんは野球部の人たちと一緒に無邪気に芝生の上を駆けまわっていたものの、私は梶君と一緒に木陰で彼らを眺めていた。

「浅井と井上、結局どうなってるんだろうな」

梶君が呟くように言うと、木に靠れて目を瞑っていた淳君が「別れたらしいよ」と小声で言った。

「結局友達以上には発展しなかったって、井上が言ってた」
「淳っていつの間に井上と仲良くなったの」
梶君が驚いたように淳君を見ると、淳君はもう狸寝入りを始めていた。

答える必要がないと判断すると返事すらしないのだ。
こういうところは去年と変わらないなと思うと、何故だかホッとしてしまった。

木山君も何処からかやって来て、私たちと同じ木の下に腰をおろした。

「やっぱここでもアンテナ立たないか」
溜息をつきながらケータイをポケットにしまった木山君は、驚いたように自分のことを凝視している梶君に笑いかけた。

「梶、変な顔してる」
おかしそうに笑い、木山君は淳君と同じように木に靠れると目を閉じた。




12時になると、指定された場所へとBクラス全員が集まった。

各グループに具が配られて行き、生徒達が思い思いに焼き始める。

「どうしよう、仕切ろうと思っていたけれど、よくよく考えたら私、バーベキュー初めてだ……」

猿渡さんの発言に梶君がおっとりと笑いながら「俺も初めてだから1番はパスね」と言う。

梶君に菜箸を差し出された男子は「俺も無理!風野さんお願い!」と言い、私も未経験の為きっぱりと断ってしまった。

グループ全員が見事に未経験だと分かると、全員顔を見合せて愕然とする。

「困った時は男子に頼ろう、行け、美少女風野ちゃん」

猿渡さんに茶化されて「ムリ!」と言い掛けた時だった。

視界に鈴木君たち一味が入り込んで来た。

咄嗟に声をかけると彼らはパッと振り向き、「何!?」と割と明るく返事をしてくれた。

「バーベキューの仕方分からないから、これ全部焼いてくれないかな」

猿渡さんが笑顔で支給された具材を指さすと、鈴木君たちの表情が一瞬にして固まった。

「てっきり合コンのことかと思ってたのに何だ、バーベキューか。別に良いけど」

ブツブツと文句を言う鈴木君の背中を梶君が軽く叩く。

「おまえら去年淳に散々やったらしいじゃねーか。これくらいやれるよな?な?」

笑顔の圧力に鈴木君たちは表情を引きつらせながらも慣れた手つきで野菜やお肉を焼いてくれた。


椅子が倒れる音がしたのは、鈴木君たちが立ち去ろうとした時だった。

Bクラスの生徒たちが一斉に振り返る。

「アレルギーとかそういうのじゃないんならちゃんと食えって!
残したら勿体ないだろ!」

ボリュームが桁外れた怒声に、私は慌てて耳を軽く覆った。

揉めているのはあろうことに木山君たちの班で、しかも怒鳴られているのが木山君だった。

「勿体ないなんて貧乏臭いな。中西ってそんなに食事に困るような家庭に育ったの?
飢えてるなら俺の分も食えば良いんじゃないの。それかタッパーに詰めてお家に持つ帰ってお母さんたちに食べさせてあげたら?」

完全に見下した木山君の言葉に、私は直感的に「まずい!」と思った。

どれだけ大らかな人でもこれは怒るに決まっていた。
周りで様子を窺っていた生徒たちも唖然とした表情で木山君を見る。

どうやら、木山君が食事を食べたくないと言いだして、中西君がそれに対して何故だか怒ったらしい。

別に怒るようなことでもないのだけれど、元々木山君のことを嫌っていた彼にとっては気に障ることだったらしい。
それに付け加えて貧乏発言。

「木山、今のはさすがに不味い!事情は察したけれど今のはいけない!
中西に謝っておけ!な?な?」

男子が駆け寄って木山君にそう言ったものの、彼は眉をひそめたまま不快そうに中西君を睨んでいた。

中西君がもう1度椅子を蹴り、木山君へと手を伸ばした。

慌てたように木山君の隣りに立っていた淳君がその手を掴む。

「喧嘩とか止めろよー」
周りの声に中西君も木山君も顔を顰めたものの、結局は着席した。

「お前がどれだけ裕福な家庭で育って過保護なご両親に甘やかされて育ったか知らないけど、食べ物を平気で残すような高校生に育てられるなんて情けない限りだよな。俺の家はそんな金持ちでもないけど、こんな非常識に育てられた奴を見たら自分がどれだけ恵まれてるかよく分かるよ」

中西君は皮肉たっぷりに大声でそう言うと、周りに「なぁ?」と同意を求め始める。

俯いていた木山君が唇を噛むのが分かった。

木山君のことはよく知らないけれど、家庭環境が難しいことはこの前分かった。

別に過保護に甘やかされて裕福に育ったわけでは決してないし、木山君は非常識な人なんかではない。