夏休みが始まって1週間経った頃。

梶君から電話があった。

「屋上のメンバーで夜に花火をするから、家の人から許可が出るなら一緒に行こ」

そう言われ、私はお母さんに許可をとるより早く、「浅井君も来る?」と聞いてしまった。

梶君は今友達といるらしく、ケータイから離れたところで「浅井も来るかなー」と訊ねていた。

しばらくしてまた通話モードに入る。

「井上と一緒に来るってさ。
浅井がどうかしたの?」

明るい声で言われてしまい、私は少し返事に詰まりながら「なんとなく…」と答えた。



暗くなってから、駅で梶君と会って、一緒に学校付近の土手へと向かった。

梶君は電池が切れかかった懐中電灯で足もとを照らしてくれる。

「梶君、なんか最近明るくなった。」

私がそう言うと、彼は小さく笑いながら「そうかな」と言う。

「暗い方がよかった?」

そう聞かれ、私は首を横に振った。

土手には井上君もすでに来ていた。

みんなから少し離れたところで浅井君がケータイをいじっていた。

彼は私たちに気付くと大きく手をブンブンと振ってくれる。

私と梶君が手を振り返すと、かれはまたすぐケータイへと視線を落としてしまった。

いつもどおりのように、見えた。

「浅井、元気そうでよかった。」

小声で梶君が言うのを聞いて、私は彼を見上げる。

梶君はそれ以上何も言わずに、みんなの方へと行ってしまった。




「風野さん、花火貰ってきたよ。」

みんなから少し離れたところで涼んでいたら、木山君が数本の花火を持って来てくれた。

彼は私の横に腰を下ろし、線香花火を渡してくれる。

お礼を行って受け取り、ライターで火を付けた時、フッと木山君の顔が明かりに照らされて見えた。

長袖のパーカーを羽織って、フードを目深に被っていたから、今の今まで気付けなかったけれど、彼の頬は少しだけ腫れていた。

それだけではなく、首筋、胸元……少しずつ虫さされのような痕が残っている。

「木山君、その怪我どうしたの。」

私が聞くと、彼は驚いたように自分の頬に手を当てて、それからやんわりと笑った。

「何でもないよ。」

そう答える声はいつものように優しくて、本当に彼の怪我が何でもないように思えてきてしまう。

パチパチと小さく火花を放つ花火をジッと眺めていたら、木山君が小声で「親が」と呟いた。

そこから先に続く言葉はなかった。

木山君は私の方を見ていなかった。

ジッと手元の花火を眺めたまま、少しだけ表情を崩している。

花火の先が地面へと落ちた。

私は空いた片手で木山君のフードを被ったままの頭に手を置く。

遠慮がちに撫でてみると、木山君が小さく笑った。

「子ども扱いみたい。」

そう言われ、慌てて手を離そうとすると、「嫌じゃない」と付け加えられた。




9時になると、遠くから通っている人たちが帰り支度を始める。

隅の方に座っていた淳君の頭を木山君が軽く叩きながら「お前も早く帰れ」と低い声で言う。

淳君は無言で叩かれた頭をさすりながら立ち上がると、他の人たちと一緒に帰って行った。

「めぐ、よかったら家まで送るよ。」

木山君に笑いかけられためぐちゃんは、少しだけ肩を跳ね上がらせて顔に警戒の色を浮かべた。

以前突き飛ばされたことを未だに気にしているらしい。

めぐちゃんの気持ちを察したらしい梶君が、微笑を浮かべながら「送ってもらいなよ」と言う。

めぐちゃんは私と梶君の顔色を窺ってから、木山君に「お願いします」と答えた。




橋の下で蹲ったままケータイをいじっていた浅井君に、梶君が近寄る。

浅井君は足音に気付くとすぐに顔を上げた。

「浅井、お前帰らないの?」

梶君に言われ、浅井君は笑いながらまた俯く。

浅井君は最近、返事をしなくなったような気がする。

いつも曖昧に言葉を濁して視線を逸らす。

「野球部の奴らも心配してたよ。
最近ずっと調子悪そうだったから。」

梶君の言葉に、私は慌てて浅井君を見下ろす。

彼は俯いたままジッとしていた。

「心配なんて大袈裟だなぁ…。」

浅井君はそう笑うと、そっと脇腹を撫でる。

「大袈裟じゃないって。
露骨にではないけど、お前がいないとみんな…」

梶君がそこまで言いかけたところで、浅井君が立ち上がった。

「コンビニって何処だっけ。」

突然の言葉に梶君は一瞬ポカンとしてから、最寄りのコンビニがある方角を指さした。

浅井君は梶君の肩をぽんぽんと叩くと、教えてもらった方向へと歩いて行ってしまった。

彼の背中を見送りながら、梶君が「またか」と呟いた。