――何で俺が悪者になってるんだ。

心の中で呟きながらも、ソファの下に腰を下ろす。

最初に会った時は完璧なるお礼参りを食らいビビったものの、あれ以降木山が喧嘩に勝ったところを見ていない。

ひょっとして意外に弱い?
俺らが負けたのはまぐれ?

そんなことを考えながら、ソファに横になっている木山を見上げる。

「何も怒ることねーだろ。
あとどさくさ紛れて俺を保健委員に指名したこと覚えとけ」

俺が声を掛けると、木山は鬱陶しそうに目だけを此方に向ける。

「鈴木、なんか飲み物買ってこい」

低い声で言われて慌てて廊下へ飛び出してから、「あれ、今パシられた?」と気付く。

これくらいで機嫌が直るならと思い水を買って戻ると思いきりケチをつけられた。

「家でも飲めるような水を買うくらいなら水道水でも汲んでこればいいのに」

――え、酷くね!?

折角買ってきたのに何て言い草…。

俺が唖然としている間に木山は水を飲むとまた横になる。

「お前、そんなによく吐くわけ?」

俺が訊ねると、木山は此方を水に「まあ」と答える。

「吐き癖あるから、俺」

そう言い寝返りを打とうとする木山を、俺は慌てて掴む。

「吐いた後は右向きに寝るんだよ。
常識ないのかお前」

俺の言葉に木山はギョッとしたように振り返る。まさか本当に知らなかったのだろうか。

近くにあった下敷きで顔を扇いでやると、「え、何」と鬱陶しそうに顔をしかめられた。




「鈴木」

もう寝たかと思った頃、名前を呼ばれた。

「なんだよ」

扇ぐのをやめて言うと、木山は目を開けた。

「授業、行ってきなよ。
あと俺の分もノートとっておいて」

「さりげなく俺をパシるなよ」

そう言いつつも一応は立ち上がる。

こんな奴に時間を割いたなんてと、妙に悔しくなる。

部屋を出て行こうとした際に言われた。

「まだ怒ってるからね、俺」

「そうかい」

「あと俺はイチゴオレが好き」

「今の状態でそんなもん飲むなよ」

「あと、ありがとう」

「いえい…」

え、と言いかけてギョッとして振り返る。

木山はもう狸寝入りを始めていた。

――調子狂うな、こいつといると。



保健室を出ると、安藤と会った。

「木山ならもう寝たから起こすな」

俺がそう言うと、安藤は小さく笑って頷く。

「家だと木山、どんな感じなの」

俺が訊ねると、安藤は暫く口をパクパクさせたあと、つっかえながら言った。

「優しい、よ。
最近入ってきた子の面倒も…見て、くれてる…し」

「おぅ、そっか」

俺が頷くと、安藤がもう一度口を開いた。

「鈴木君もまたお手伝いに来てくれればいいのに」

笑いかけられるのはまんざらでもないにしろ、複雑な気分になる。

「安藤と木山のお邪魔はしたくないし」

そう答えると、安藤は顔を真っ赤にさせた。



ひまわりの家。

様々な事情から家を出てきた10代の子どもたちを受け入れる、大きな一軒家。

安藤の育ったその家に、今は木山もいるらしい。

ちなみに俺の卒業後の就職先でもある。
かつての縁あって選んでもらえたのだ。

なんやかんやで、これから先も木山薫とは縁があるらしい。

マイペースだけどたまにすりよってくる猫みたいな同級生に、いつまで振り回されるのかと深くため息をつく。

購買へ行き、イチゴオレを買っていると、おばちゃんから「早く授業に行きなさい」と怒鳴られた。





-end-