いつかその時まで

期末試験が終わり、結果が廊下へと貼り出される。

今回何のまぐれか20番入りを果たした私は、貼り出し表の中に名前が載っていた。

クラスではたった1人の掲載者だった。

担任はHRの時に私への嫌味も込めながらそのことを報告した。

普段は明るいクラスだけれど、私の朗報には誰も盛り上がりはしなかった。

分かっていたことなので今回ばかりは一々落ち込みはしなかった。



校内がクリスマスの装飾でいっぱいになっていくにつれて、私の気持ちは萎んでいく。

また今年もこうやって終わりを告げるのだと思う。

ちょっとした山谷があっても、結局は成長を遂げられないまま、何のイベントもないまま、私はクラスの輪から外れていくのだ。

「安藤さん、17位ってすごいじゃん。」

急に廊下で声を掛けられて慌てて振り返った。

名前は思い出せないけれどクラスの男子たちが数人、肩を寄せ合って立っていた。

いかにもな軟派な雰囲気に圧倒されながらも、「有難う」とだけ答えた。

男子たちは互いに顔を見合わせていそいそと教室へと入って行く。

冷やかしか何かだったのだろうか。

少しだけ気分に霧が掛かりながらも、私は図書館へと向かった。



冬になってから、図書館には野球部の男子たちが屯している。

吾妻君もいつもその中にいる。

返却を済ませて新しい本を借りに行こうとすると、吾妻君から声を掛けられた。

「安藤さんは読書感想文何の本で書くの?」

彼はライトノベルを数冊胸に抱えている。

まさか『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』や『さくら荘のペットな彼女』で感想文を書く気だろうか。

一歩下がった私に、吾妻君は慌てて「これでは書かないよ!?」と言った。

「私は綾辻行人の『Another』で…もう書き終わった。」

そう言うと、話を盗み聞きしていた生徒たちが「早ッ!」と声をあげた。

映画を観に行った生徒は多いらしく、話を色々と振られたが、返答にはどれも迷った。

元々ラノベやアニメは観ない方だ。単に綾辻行人が好きだというだけで、原作以外にはあまり関心を持っていなかった。

けれど、これだけ会話が成立するのならとも思った。

「暇があったら、アニメも観てみる。」

私がそう言うと、吾妻君が何故だか1番喜んでいた。



放課後、担任からの相変わらずの嫌がらせでゴミ捨てを任せられた。

寒い中制服にマフラーという姿で焼却炉まで行き、ゴミ袋を放り込む。

パンパンと手を叩いている時に、帰る途中らしい渡辺君から声を掛けられた。

「安藤さん、頭良かったんだな。」

鞄を肩掛けした渡辺君は、相変わらず無愛想にそう言った。

「ただのまぐれだよ。」

そう答えたら、少しだけ笑って貰えた。

教室まで付き合って貰うことにした。

「野球部の奴らが、『安藤さんとAnotherの話できたー』って喜んでた。」

渡辺君は相変わらずぼそぼそと話す。

「好きなキャラクターとかいるの?」

そう聞かれ、私は暫く考え込んだ。

アニメは相当ウケを狙ったキャラが多かったらしいが、小説にはサービス的なシーンなど存在しなかった。

「私、小説読む時キャラクターとかあんまりそういう目で見ないんだ。

ライトノベルとかだとキャラクター性って大事だけど、綾辻は一応元・純文学だから。」

そう答えると、「さすが文学少女」と冷やかされた。

本当は少しだけ勅使河原というキャラクターが好きだったけれど、それを言うのは恥ずかしかった。

鞄をとって鍵しめを行うと、再び校舎の外へと出る。

さっきよりも空は暗くなっていた。

何となく感傷的な気分になる。

「渡辺君。」

私が声を掛けると、先を歩いていた彼は直ぐに足を止めた。

「何?」

無表情で振り返られ、少しだけ言葉に詰まる。



「彼女とか、いますか?」

私の言葉に渡辺君は口をポカンと開けた。

明らかに戸惑った様子だ。

「吾妻にならまだしも…俺にいると思うか?」

彼は自分の顔を指さしながら言った。

自分があまり美形ではないということは分かっていたらしい。

でも、渡辺君は優しいから、きっと彼を好きな女子は他にもそれなりな数いるだろう。

「いるように見えた。」

私が言うと渡辺君は笑った。

「いないよ。

どうしたの、急に。」

辺りを見渡す。

丁度誰も居なかった。

周りの静けさに緊張しながらも、私は小さく深呼吸をする。



「付き合って下さい。」



勇気を振り絞って言ったのに、渡辺君はまた呆気にとられた表情を浮かべていた。

何で?というように首を傾げている。

「良いよ」か「無理」のどちらかで答えられると思ったのに、言われたことすら理解できていない様子だ。

「今すぐにとか言わないけど…。私、渡辺君の好みじゃないだろうし…。

でも、少しでも良いから、私に希望とかってあるかな。」

続けて言うと、渡辺君はますます慌てた様子を見せていたが、やがて小さく頷いた。

「今すぐは困るけど、希望はある…と思う。」

ゆっくりと頷かれ、今日1日感じていた緊張が解けた。

再び並んで歩き始める。

進級まで、まだ時間は残っている。

優しい人になろうと思った。

渡辺君に釣り合うような、人を思いやれるような女の人になろうと思った。

さりげなく触れた手を、遠慮がちに握られる。

思わず彼を見上げる。

照れたように頬を染めたその顔に笑いながら、私も手を握り返した。