目の前に広がった光景は公園なんかじゃなかった。
さっきまで、確かに公園のベンチに座っていて、
「ちょ、ちょっと、放してけれ!」
公園から離れた数十メートル先の信号で
左手首にはっきりとした意識を研ぎ澄ました。
目の前には全く見知らぬスーツ姿の男が、
堰を切ったような表情を浮かべる。
よく顔を見ると煙草を咥えてあたしを見下ろした。
あ、明らかにやの付くお仕事してる方ではないかね!
な、何故にあたしの手を引くのかしら?
「悪いな、今はそういうわけには行かねえんだよ。」
黒いワイシャツのせいか肌が透けるように白い。
血色あるのかさえ分からないほどに綺麗な肌をしてる。
地が通ってないような印象を与えるのは偉そうな
態度をしているからだと思う。
「あの、あたしが何をしたと言うのですか?」
そんなやの付くお仕事に連れてかれるような
ことを仕出かした覚えはない。
「や、あんたには少し用があってな。」
今日初めて会った人に用があると言われた!?
しかも、危ない感じの人に!!
「こ、困ります!!あ、わ、ほ、本を・・・頼まれた
ものを放置してきたとなっては!」
「これだろ。つーか、重すぎんだろ。」
あたしの手首を掴んでない方の手にはしっかりと
あたしの所持していた紙袋が握られていた。
「あ、あなたは誰なんです?何故、あたしに構うのです?」
意味が全く持って分からない。
こんな信用出来ない人に着いて行っていい訳がない。
知らない人には着いて行っちゃ駄目だよって
馨君にも兄ちゃんにも散々言われたのに。
「今は説明してる暇ねぇからちっと黙ってろ。」
「それで納得出来るわけないでしょう?」
この人、見るからに怪しい!
「少しの辛抱だ。さっきまで、何しても気づかなかった
ヤツが今更喚くようなことしてみろよ?」
声色が一気に低くなり、眼光が光るそれに
ゴクリと息を呑んだ。
い、今、この人に逆らったら海に藻屑と化す!?
「な、何をした?」
恐る恐る男に視線を向けると男はクッと笑いを噛み殺し、
艶かしいほどの色気を放ってあたしを見つめた。

