だから、もういいよ。それに私も、そろそろこの優しさを手放して、前に進まないといけない。
ずっと見ないふりをしていただけだ。そいで自分勝手にわがままを言っていただけ。
わがままを言って、彼を試して。無理な約束で彼を縛りつけて。そうしていないと安心できなかった私は、嫌になるほど子どもだった。
「なっちゃん。もう、美夜のために走らなくていいよ」
「美夜……」
「だって美夜は泣けないもん。なっちゃんが自己ベスト更新したからって、部活を引退したからって、あんなふうに泣けないや、美夜にはさあ」
もうすっかり答えなんて出ていた。なっちゃんのために涙を流したあのかわいらしい女の子に、私なんかが敵うはずなかったんだ、最初から。
「だから、なっちゃんの“これから”は、小町ちゃんにあげる。でも、なっちゃんの“いままで”は全部、美夜のものでいいよね?」
なっちゃんはなにも言わないでうなずいた。悲しいけど、どこかほっとしているような、そんな顔だった。
私はいまどんな顔をしているかな。まあ、怒った顔じゃないなら、なんでもいいや。
「これからは平日の夜も顔見せに来なくていいから、その代わり、うまくいったら報告はしに来てね」
「うまく? なにが?」
「だからー、小町ちゃんと恋人どうしになれたら! そのときはちゃんと小町ちゃんも連れてきてよね!」
彼の目がまあるくなった。すると、その顔はちょっと困ったような感じに変わって、それからぼそりと「分かった」とつぶやく。
照れているのか、気まずいのか。よく分からないけど、どっちにしろ、なっちゃんにこういう表情をさせられる小町ちゃんのこと、やっぱり正直すごく憎たらしいよ。
ううん、憎たらしいとは少し違うのかも。私はきっと、彼女がすごくうらやましいんだ。
小町ちゃん、なっちゃんにこんなにも想われていて、いいなあ。両想いって……いいなあ。



