「……なっちゃん、こないだの決勝だけ、美夜のために走ってくれなかったでしょ?」
私の手の包みこんでいるもうひとつの手のひらが、ぴくりと動いた。なっちゃんの手、指先だけが少し冷たい。
「遠くから見てた。大会が終わって、すぐに小町ちゃんのところに行ったなっちゃんのこと。小町ちゃんは泣いてて、なっちゃんはちょっと困ってて、でもすごくうれしそうにしてた」
「うん」
「はじめて、いちばん最初に美夜のところに来てくれなかった」
「うん」
「久しぶりに自己ベスト更新できたのは、小町ちゃんのために走ったからなんでしょ?」
「……うん。そうだと、思う」
否定してくれないんだね。そんなことねーよって、いつもの優しい声で。もう、優しい嘘で、私を騙してはくれないんだね。
「でも……でもさあ、それまでのトロフィーは、全部、美夜のためだよね?」
なっちゃんの部屋に並んでいる、いくつもの輝かしいメダルやトロフィー。それから、丁寧に額に入れられた賞状たち。
あれは全部、なっちゃんが私のために走ってくれた証だ。彼が、私との約束を守ろうとしてくれたっていう、揺るぎない真実だ。
「美夜、それだけは、小町ちゃんにも誰にも、譲らないからっ……!」
幼いころ、私を守ってくれていたなっちゃんも。
泣きながら結婚するって約束してくれたなっちゃんも。
誰よりも速く走るなっちゃんも。
私のために優しい嘘をつくなっちゃんも。
小町ちゃんの知らないなっちゃんは全部、一生、私だけのものだ。



