やがて、わたしを撫でていた右手がそれをやめて、パーカーの右ポケットに吸いこまれていった。
これはアイデンティティだとか言って、結局彼はずっと校則違反のパーカーを着続けている。でも、たしかに制服のジャケットよりも似合っているのだから、仕方ないと思う。
ちなみにきょうは紺色だけど、カラーバリエーションは豊富だ。わたしは薄いグレーがいちばん好き。
「なあ、ところで『あんこ』ってなに?」
「こいつのこと。安西小町(こまち)、だから略してあんこ。ガキのころにオレが付けたあだ名なんだぜー。美味そうだろ?」
「へえ、面白いな」
あんこ、と。本城くんが復唱した。白い八重歯をちょっとのぞかせながら。
また心臓が飛び出るかと思った。
ありがとうございました。本城くんの声で呼ばれた「あんこ」、きっとわたしは死ぬまで忘れません。
「……お? どーしたあんこ。なんか顔赤くねえ?」
「え!? 赤くないよ! ぜんっぜん大丈夫! ところでふたりはどうして知り合いなの!?」
顔を覗きこんでくるちーくんから逃げるように顔を背けた。きっと変に思われた。顔が熱くてたまらない。
「おー、オレらは部活でな。陸上部とサッカー部ってグラウンドでよく顔合わすし、去年はクラスのアレで体育が一緒だったんだよな」
「へ、へえ! そうなんだー! すごい偶然だねえ!!」
知らなかった。ということはわたし、知らないうちに、本城くんと間接会話をしていたということなのか。ちーくんを通して。
火照る顔をぱたぱたと扇いでいると、ちーくんがまた笑った。「変なあんこだなー」って。ちーくんが鈍感バカでよかった。いやいやもちろん、いい意味で。



