「安西さんももう帰る?」
「あ、うん! わたしもそろそろ!」
「そっか。じゃあ、せっかくだし一緒に帰ろう」
「え、あ、その前に着替えないと、スカート……って、わあ!」
「――安西さん!」
やたらにどきどきなんてするもんじゃないな、と。身をもって実感した。
焦りすぎて、緊張が高まりすぎて、周りが見えていなくて。そのへんに散らばりまくっていた絵の具のチューブを踏んづけたわたしは、見事にバランスを崩してしまった。
床は絵の具まみれになるわ、本城くんの前ですっ転ぶわ、もう最低。きょうは絶対に厄日だ。間違いない。
「……安西さん。大丈夫?」
「え……あれ、痛く、……痛くない」
「怪我は? してなさそう?」
痛くない。それを認識した瞬間、本城くんの腕にぎゅっと抱き寄せられていることも一緒に認識した。
いったい、なにがどうなって、こうなっているの。まさか本城くんがとっさに抱きとめてくれたの。
「う、ん……あの、大丈夫。ごめん、ありがと」
「そっか、よかった」
離れないと。そろそろ離れて、帰る準備をしないと。
頭では分かっているのに、わたしの手は彼の制服の胸のあたりを掴んだまま、離そうとしてくれない。
でも、それと同じように。なぜか本城くんもわたしをぎゅっと抱きかかえたまま、離してはくれなかった。



