思考って本当に止まるんだ、と思った。
わたしの頭は文字通り真っ白で、のどなんか震えてさえしてくれなくて。ただ3メートル先の本城くんをぽかんと見ていると、彼が突然、笑った。
「ほんとに安西さんって面白いよな」
バカにされているのかもしれない。でも本城くんがそういうふうに思わないひとだってことを、もうわたしはよく知っているから。
「……『こちらを、履いてみてはいただけませんか?』」
ふと、オレンジの世界に、本城くんの低い声が落ちた。
「え……?」
「『国中をまわって探しているのです、運命の女性を』」
ガラスの靴は、ちょっと細工しただけの白い上履き。だからお世辞にもガラスの靴だなんて呼べない代物なのだけれど。
机の上にぽんと置いてあったそれを、彼はわたしの足元に置いて、ひざまづいた。
ゆっくりと右の足を入れる。するとそれは、予想外にもぴったりはまった。ミキちゃんとわたしの足のサイズ、同じなんだな。
そう思っていると、いつの間にか立ち上がっていた本城くんが、わたしの目の前にいて。そのきれいな瞳でわたしを見つめているから、うっかり吸いこまれてしまいそうだ。
「……『あなただったのですね』」
「え、あ……」
「『会いたかった。ずっと、あなたを探していた』」
大きくてあたたかい手のひら。花火大会の日、わたしの手を引いてくれたそれが、きょうもわたしの手を包みこんだ。
ぎゅっと。あの日よりも、たしかな熱と力を持って。



