気付けば、無意識に頬が緩んでいた。
「うん、ちょっとね」
「ねぇ、希和」
「ん?」
ケーキを頬張りながら母親に視線を移すと、
「心の整理はついたの?」
「へ?」
「帰って来てからというものの、ずっと考え込んでるみたいだったから」
「…………うん。まだ………かな」
「…………そう」
母親は何でもお見通しのようだ。
一時でもセレブな生活を味わってしまった私にとって、
夢のまた夢だと分かっていても
どうしても、思い返してしまうの。
洗練されたキッチンも
優雅に寛げるバスタブも
心を癒してくれる夜景も
彼の心のこもったケーキとカクテルも。
そして、とても稀にだけど見せる
極上に優しい笑みを浮かべた彼の顔が……。
忘れないといけないのに
忘れる事なんて出来そうに無い。
父親の監視下から離れ、
私が私らしく居られたあの時間だけは………。
珈琲を口にして、そんな事を考えていた。



