そのうさぎは、ちいさなころからずっと羽をほしがっていました。大空を美しく舞う蝶や鳥を見てはため息をつきます。


ずっとむかしに別れたご主人に会いに行きたかったのです。ご主人は海が好きなかわいらしい女の子でした。どんなつらいことがあっても、うさぎを抱き波にのって風を切る彼女は、鈴をころがすように美しい声で笑っていました。でも、ある日、うさぎを抱いたまま風になってしまいました。


うさぎは悲しくはありませんでした。ただ、羽があればご主人の風にのっていつまでも抱かれていられると思ったのです。


悶々と暮らしていたある日、うさぎは、羽をはばたかせて枕元にやってきた天使を見ました。天使はやさしくうさぎを抱き上げました。


「おまえはもうおばあさんになってしまったから、わたしと神様のもとへゆくのだよ」


「お願いをきいていただきたいのです。わたくしにも、あなたのような羽をくださいませ。そうして風になったご主人に会わせてくださいませ」


天使はひそやかに笑い、うさぎのせなかをやさしくなでました。


「せなかをごらん」


うさぎが振り返ると、そこにはうすいラシャのように美しくひかる羽が静かにぱたぱたと音を立てておりました。


「誰にでも、生まれたときからちいさなちいさな羽があるのだよ。歳をとるとともに大きくなり、神様に召される前にはばたけるようになるのだよ」


「そうでございましたか」


うさぎは得心したように羽をぎごちなくはばたかせました。ずっとほしかった羽が、ちいさく折りたたまれて自分のせなかに寄り添ってくれていたのが、たまらなくうれしかったのです。


天使が口笛を吹きますと、一陣の風がうさぎを包みました。あのなつかしい、変わらぬ笑顔で、ご主人がうさぎをかたくかたく抱いております。


そのまま、みんな空たかくのぼってゆきました。


一点の曇りもない青空でありました。


(完)