「坊ちゃん、いいっすよ。自分がやりますから。」
ポットに急須を近付ける千治が首を傾げた。
「何で、お前がやるんだ。怪我してる奴は寝てろ。」
「いや、坊ちゃんにそんなことさせれませんから。」
「いいから、寝てろ。」
「坊ちゃん、駄目っす。」
「そんなの知らねぇ。」
この時から千治は自分が言ったら曲げなかった。
「そっちの目見えなくなるのか?」
ふとした瞬間、千治が怪我をした方の目に
視線を向けていて気まづくなった。
気付かなかった、この部屋に入ってから何度か
そうしている千治が居た。
包帯をしている今は傷がどの程度のものか分からない。
だが、見苦しいものであることは何となく分かる。
「どうですかね?」
失明する可能性があると医者は言った。
それを聞いても何とも思わなかった。
生きているだけで奇跡に近かったはずだ。
「見えなくなるんだな?」
「坊ちゃんが気にすることではないっすよ。
それよりケーキ食べないんっすか?」
「・・・・食べる。」
それから、1週間千治が顔を出すことはなかった。
小学生だし、俺のようなヤツに構ってるほど
暇でもなかっただろうからあまり気にすることでも
なかったんだろうけど、多少は寂しくも感じた。
「矢部、ここのモンブランがうめぇんだ。」
「稜さん、毎回いろんな種類のケーキを・・・」
この人、顔に見合ってない。
「しっかり、食えよ。そろそろ退院だって話だろ?」
「へい、世話になりました。」
「何言ってんだ、これからは俺の家族だ。
しっかり、働いてくれよ?」
「稜さんのためならどんなことでもしますよ。」
「ハハッ、そりゃ頼もしいな。」
稜さんはそれから世間話をすると医者が来て、
左目に巻かれた包帯を取った。
鏡を見ると一筋の傷が残されていた。
左目はまだ開けられそうになかった。
稜さんの視線が気になったが、醜い自分が
どうも恥ずかしくて消えてしまいたくなった。

