あたしが毎日欠かさず世話をしてきた花を
玄関の花瓶に入れたはずのバラが頭の上に
ボトリと落ちた。
『これでもまだ泣かないんですね。』
心はとっくに折れたようなもの。
服にかかった水が冷たくて頭は冷えてくる。
『さすがに、貴女を見くびっていたようだ。』
泣けるものなら泣きたかった。
悔しくてしょうがない。
何も言い返せない自分の弱さに腹が立つ。
顔を上げようとしたらバタバタとこちらに
やってくる足音が聞こえた。
秘書が顔色変えずにハンカチを差し出す。
その姿勢は出会った時同様低くて行動の
真意が分からなくて受け取れずに居た。
『お嬢様、私ご挨拶遅れましたが・・・
どうなさったんですか?』
それが大和さんとの出会いだった。
バタバタと掛けて窮地を救ったのは当時まだ
母さんの秘書じゃなかった大和さん。
何も知らない大和さんが一瞬で状況を悟っていた
とは何も知らずに秘書はまたにっこりと笑みを浮かべて、
『それでは、良いお返事を。』
頭を下げて立ち去る秘書に結局あたしは何も言えなかった。
『お嬢様、大丈夫ですか?お怪我はされて
いませんようで何よりです。こちらは私が
片づけますから、風邪を引かぬように着替えを』
「お嬢様って言わないで。」
ガタガタと震えてそれでも涙は出なかった。
『承知しました。ですが、日和様と呼ばせて
頂いても宜しいでしょうか?』
「はい、それなら。」
『さぁ、風邪を引いてしまいます。中に入って
着替えて下さい。』
「でも、ここ片付けないと。」
『こちらは私が片付けます。』
「し、信用ならない。」
人を信じられないと思い知らされたばっかりのこと。
『ご挨拶遅れましたが、私が将来貴女の秘書になる
佐伯大和と申します。彼とは違い、私はいついかなる時も
貴女を最大の優先事項としていますから信用されるまで
警戒されても構いません。』
ふわりと濡れた髪に頭を置かれて撫でられて初めて
この人はさっきの秘書と違うって思った。

