「このピアニストのカンパネルラが好きなんだ。 苦労したピアニストでね。 ある日、突然難聴になって、再びこの道を歩めるようになるのに、長い時間がかかった」 「“再び”があったのは、恵まれていましたね。 多くの者は、それが無くて人生を終えていきます」 「そうだな」 苦笑した口元に綺樹はグラスをつけた。 「涼みたいだと思わないか」 ぽつんと呟くように言った。