「是非、砕く方向で」
「……砕、く…」
急に緊張したのか、雅の表情は堅く。
「ファーストネームとか」
「……かず…き、さん?」
一樹さん…、と小声で言い直した雅の頬が。
一気に紅潮した。
「やっ……無理っ……!!」
「えぇっ」
無理無理無理、とふるふる首を振りながら、雅は真っ赤な頬を両手で覆い、視線をさまよわせた。
「……よ…呼べないっ…」
思いの外の照れと、抵抗に。
鷹野は、思わず口をつぐむ。
僅かな、沈黙。
「…あ、の……鷹、野さん?……か…一樹さ……ん?」
消え入りそうな声でおそるおそる再び呼び、泣きそうに潤んだ雅の目に。
鷹野は我に返った。
「あぁっ、ごめん!いつも通りで構わないよ!」
慌てて笑顔を取り繕って、雅の頭を撫でる。
「…鷹野、さん?」
「うん、そう」
「…か……か、ず……かず…」
それでも必死で言おうとした雅の唇を、反射的に手で押さえた。
「…ごめん、ムラッと来たから、無し」
眉を下げて、ごめんね、と笑う鷹野に、雅はびっくりして目を上げた。
「…俺、仕事行くから、あと一時間したら凱司起こしてやってね」
雅の唇を手で押さえたまま、鷹野は。
雅の額に。キスを、した。
僅かに身動いた雅から手を離し、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた鷹野は。
ぴくりとも動かなくなった雅の頭を撫でると、行ってきます、と。
キッチンから出ていった。

