避ける事は、出来た。
出来たが、避けたら、この間抜けな拳は雅をも掠める距離だ。
だから友典は、避けなかった。
周りで悲鳴が上がると同時に、左の頬骨に衝撃が走る。
間抜けな拳は、やっぱり間抜けで、衝撃を和らげるために倒れる必要もなかったが、口の中は切れたような気がする。
背後からも小さく悲鳴が上がり、シャツの背中を掴まれたのを感じた友典は、目の前の男を殴り返す事を、一瞬、躊躇した。
周りで上がった悲鳴に人が集まり、誰かが、柳井先輩どうしちゃったの、と言うのが聞こえた。
名前が解った所で、もう一度振り上がった拳を、顔で受けるのはどうなんだ、と思う。
殴り返さずとも、止めればいい。
雅に、とばっちりが行かないように。
友典は、真横から再び来る柳井の拳を、左腕で的確に、受け止める。
左手の爪が剥がれているから、腕で受け止める、だけ。
「なんでお前なんだよ!」
悲痛にも聞こえた叫びと周りの悲鳴は、友典が柳井の背後に一瞬息を呑んだすぐ後。
派手なガシャンっという音と共に、静かになった。

