田島の部屋は、二階にあった。表札を見ると、「田島」とだけ書かれていたが、女性の文字特有の丸みを帯びた字体だった。かすかに苛立ちを感じた自分に驚きながら、私はチャイムを押した。軽いメロディが、来訪者の存在を知らせた。すぐにドアは開いた。


「こんにちは」


出迎えてくれた田島は、頬を真っ赤にして震えていた。


「電気を止められてしまいまして。なんとか料金を支払ったので、もう大丈夫だと思いますが、せっかく来てくださったのに、寒い思いをさせてすみません」


狭い玄関で靴を脱ぐ私の背中に、申し訳なさそうな田島の声が覆い被さった。玄関には、先週田島の足を温めていた、茶色で少し先が破れかけた靴が一足きりしかなかった。私はなんとなく安堵した。


「どこか、暖かい場所……ファミレスにでも行きましょうか?」


「いや、いいんだ。それより、ちょうどいい手土産があるよ。開けてみて」


私は、持参した手土産が、まだぬくもりを保っていることを確認すると、田島に手渡した。ごそごそと包みを開いていた田島が、嬉しそうな声を上げた。


「ありがとうございます。これ、いただいてもいいんですか?」


それは、私のアパートの近くにある中華料理店の有名なお土産、特製肉まんだった。野菜が多く、量のわりにあっさりした餡を、小ぶりでもちもちとした皮に包んで蒸し上げた、評判の肉まんである。私たちは玄関口でさっそく、熱々とまではいかないが、それなりに温かいまんじゅうを手にして、その温かさをほのかな湯気ごとほおばった。ワックスで磨き上げたりんごのような頬をさらに赤くした田島は、餡をこぼさないように、薄く形のよい下唇で器用に受け止めながら食べている。時々、肉汁が落ちた指に舌をなぞらせる。腹が減っていたのか、遠慮しながらも、誘惑に負けて次の肉まんに手を伸ばす田島を見ているだけで、私は自然に満たされた気分になった。やがて、最後の一個が残った。


「食べていいよ」


「あ、僕は十分いただきましたから、Yさんがどうぞ」


「腹が空いていたんだろう?隠さなくていいから、ほら、食べて」


「じゃあ……」


田島はちょっとうつむき、考えていたが、こちらがどうしたのだろう、と思った瞬間に、手に取った肉まんを半分に割って、私に差し出した。そして、照れ臭そうに、しかし、いいことを思い付いた、という得意さを交えて言った。


「半分こにしましょう」


私は虚を衝かれた。田島の優しさが身に沁みた。私は、勤め先の塾でも、人と交わることを好まず、いつも一人で教材を作り、一人で何人もの生徒と応対し、飲み会にも滅多に参加せず、自分だけの城であるアパートの一室に籠っていた。他人など、たまに通りすがる醜悪な動くオブジェに過ぎなかった。そんな私が、久しぶりに、思いがけず受けた情けは、まんじゅうのぬくもりと共に心身に沁みこんだ。受け取ったまんじゅうの片割れは、既に冷えて皮も固くなっていたが、それでも、これまでに食べたどんな中華まんよりも美味だった。