海岸で田島と軽い約束を交わした次の日曜日、私は緊張した面持ちで、彼の部屋に向かっていた。あの後、携帯のメールアドレスを交換して、アパートに戻った時に、今日は出会えてとても嬉しかった、とメールを打つと、僕もです、と簡潔な返事が来た。素っ気ないとも言えたが、バイトが待っていると言っていたので、おそらくは休憩中に急いで打ち込んだのだろう。少なくとも、私はそう信じて疑わなかった。


普段は慎重かつ悲観的で、石橋を叩いても渡らないような性格の私が、こと田島のことになると、大胆で楽観的になった。私は、ようやく自分の本意で交際できる友人を見つけた、と舞い上がっていた。そして、次のメールではもう、今度はいつ会えるだろうかと聞いていた。今思い返せば、田島はそのメールを受け取って、困惑したかもしれない。芸術家肌の人間というものは、進んで人と付き合おうとはしないものだし、まして胸襟を開くことなど、余程の信頼関係を築くまではありえないことだからだ。しかし田島は、まだ知り合って間もないこの私を、自室に招くことを承諾した。私は狂喜して、手帳で次の日曜日に忌々しい予定が入っていないことを確認した。そして、田島から来たメールに書かれていた住所を、インターネットで調べ、プリントアウトした地図を片手に、約束の時間に遅れないように、用意した手土産を抱えて、せかせかしながら歩いていったのだった。


田島のアパートは、あの海岸と私の部屋の中間にあった。先週歩いていた、バスも通るような広い車道から路地に入ったところに、その小さなアパートが隠れるように建っていた。見ると、家賃の安さを売りにしたテレビコマーシャルでお馴染みの、壁は薄汚れたネズミ色にしか見えない、味もそっけもない外観のアパートだった。


彼の部屋はどれだろう、と目で探していると、道を挟んでちょうどアパートの全景が見える位置に、誰かが立っており、その人物は微動だにせず建物を眺めていた。私は自分が監視されているような不快さを感じ、ろくにその人物を見もせずに、階段を上がっていった。