年を重ねて、生活に振り回されながらもなんとか活路を見出だそうとする中で、私は誰にも自分の真意を打ち明けることなく、冗漫とも言える学校や職場との往復で、一歩踏み込んだ付き合いをすることも覚えなかった。浮わついた人生の享楽を胸いっぱいに吸い込んで養分にして生きるような同年代の人間にも、こちらの真意を汲もうとせず、自分勝手な告白をしては去っていく女性という名のお化け(そういえば、「化粧」という言葉に、「化ける」という漢字が使われているのは、偶然だろうか)にも、そして協調性をどこかに置き忘れてきた、友人と呼べる存在を持ったことのない自分自身にも、私は真剣に向き合ったことがなかった。真の自分があまりに情けなく、貧弱なのを認めたくなかったのであろう。私は威勢のいい連中を嫌ったが、そのくせ自分も、日記代わりのブログの中では、いじけた大言壮語の徒であった。


もともと勉強の合間に、詩や小説めいたものを綴っていた私は、職に就くとすぐに、型落ちの安いパソコンを購入し、休日になると一向売れそうにない三文小説を書いては、インターネット上にアップしていた。それは、自分の目から見ても、感傷に浸りすぎ、ごてごてとレトリックで飾りすぎた文章ばかりであった。


(しかし、おれは変わるのだ。この青年となんとか親しくなりたい。この救いを求めるような悲しみの視線を、おれはまともに受け止めよう。そうしなければならない)


出会って数十分後、すっかり彼と打ち解けて一緒に海岸を歩きながら、私は決意した。


ついさっきまで顔も知らなかった人間、しかも青年に対して、このような誠実な気持ちを抱き、もっと彼を知りたいという欲求に駆られたことは、これまでに一度もなかったことだった。


思索にふけっていると、突然彼が視界から消えた。私が急いでその姿を目で追うと、彼は十歩ほど離れた岩場に腰掛け、白い貝殻を手に乗せて見つめていた。


「鳴りましたか」


私は、茶化すような響きを消すように用心深く、声を落として話しかけた。


「そう簡単にはいきませんよ」


彼は私の声より大きく言ったが、それは物思いにふけっていたことを悟られまいとしているようだった。


私も彼の隣に腰掛けた。頭痛を忘れ、晴れ晴れとした気持ちで海を眺めていた。いつのまにか日は高く昇っていた。さざめく波間に、雲の向こうから恵みの陽光が降り注ぎ、「天使の梯子」が降りてきていた。


もう何年も、ここから一時間程度歩いたところにある古いアパートに居を構えていたのに、このように琴線に触れる風景を知らなかった私は、未知の世界に目を開かれたような心地であった。